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EXHIBITION

江之浦測候所 冬至光遥拝の会
2018年12月22日

Written by 坂口千秋|2019.4.3

©Odawara Art Foundation

相模湾を一望する蜜柑の丘の上に建つ江之浦測候所は、杉本博司が構想から20年以上かけて取り組んでいるプロジェクトだ。広大な敷地には春分・秋分、夏至、冬至に届く光を計測して建物が配置されていて、天空の運行と人の存在が座標を描く。そこに立つことで、人は自分の位置について、しばし宇宙のスケールで意識を巡らせることになる。

中でも海に突き出す鋼鉄製の冬至光遥拝隧道は、この施設の構想の元にもなったという長さ70メートルの隧道だ。冬至の朝、相模湾に昇る日の光が隧道をまっすぐに貫き、その先にある巨石を照らすように設計されている。

冬至光遥拝隧道と光学硝子舞台 ©Odawara Art Foundation

冬至は一年で最も昼が短く、夜が長い日である。太陽の力が最も弱まる日、しかし翌日から太陽の力が復活していくことから、冬至は古来より巡りくる死と生の象徴として世界各地で祀られてきた。測候所の概説の中で杉本は、「古代人が太陽の運行に一周のめぐりを発見したことが、人類が意識を持ち得たきっかけに違いない」と冬至について語り、「この人の最も古い記憶を現代人の脳裏に蘇らせるために、当施設は構想された。」と言い切る。それほどこの施設にとって大切な冬至の朝、日の出を迎える冬至光遥拝の会が江之浦測候所で行われた。あいにくの曇り空で「光に射抜かれる」という体験ではなかったけれど、朝の光は雲を通して隧道の四角い出口を淡白く発光させた。

©Odawara Art Foundation

日の出を待って、冬至の太陽軸線に沿って建つ光学硝子舞台で、声のアーティスト山崎阿弥と音楽家森重靖宗によるパフォーマンスが行われた。遮るもののない海と山を借景に、蜜柑畑に浮かぶような硝子の舞台で、世界が目覚めていく音との即興に耳を澄ます。シュッ、シュッ、チチチ、カカカ、山崎の喉を通って鳴き声のような音が発せられると、山の方からヒヨドリやカラスの声が聞こえてくる。大地が呼吸するように森重のチェロが深く響く。雲の上を行く飛行機の低音、山裾を走る車の音が遠くにする。朝は、いつもこうしてやってきているのだろう。空は灰色と青のグラデーションから徐々に朱を交えて変化していき、パフォーマンスの最後にようやく太陽の力が甦った。海面と硝子の舞台はオレンジ色に輝き、陽光が私たちを暖めた。

©Odawara Art Foundation

会を終えた後、杉本は「まあ、ピーカンの日ばかりでなくてもね」と笑った。そう、御開帳はめったに見られないからありがたいのだ。次の光遥拝の会は春分の日。冬至の隧道からちょうど30度太陽軸が移動した位置に柔らかな春分の光が届いたことだろう。

夏至光遙拝100メートルギャラリー ©Odawara Art Foundation

冬至光遥拝隧道の細長い暗闇を光が駆け抜ける構造は、原始的な写真機のように冬至という「人の最も古い記憶」を石に焼き付ける。杉本が見ているのは、5千年後の世界だ。今の文明が滅び、もしかしたら人類も滅んでいるかもしれない未来の世界で、冬至の朝、海から昇った太陽の光線は、風化した謎の巨石を真っ直ぐに射抜くだろう。人類の新たな神話をつくろうとしているのか。穏やかな風景に秘められた、杉本の途方もない野心に目眩がする。

 

INFORMATION

江之浦測候所 冬至光遥拝の会

2018年12月22日
声のアーティスト:山崎阿弥
音楽家:森重靖宗

WRITER PROFILE

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坂口千秋 Chiaki Sakaguchi

アートライター、編集者、コーディネーターとして、現代美術のさまざまな現場に携わる。RealTokyo編集スタッフ。

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