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INTERVIEW

イスラエル・ガルバン+YCAM新作ダンス公演 「Israel & イスラエル」
山口情報芸術センター [YCAM] 2019.2.2-3

Written by 港 千尋|2019.5.20

撮影:守屋友樹 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

 

魔術師の弟子たち

数学的な枯山水──舞台には大きさの異なる正方形や長方形のボードが置かれている。正面のボード上に、位牌のような形の小型の機械があり、正方形のボードには砂利が敷き詰められている。ここで何が始まるのだろう。音もなく舞台袖から現れたのは、イスラエル・ガルバン。裸足で砂利のなかに立つや、まるで大地を確かめるかのように、真正面を見つめながら両足をゆっくりと動かす。砂利を両手で掴み、バラ撒く。バラバラと散る石は、予測不能な時間のかけらだ。かけらといっしょに、わたしたちはいつの間にか舞台へと引き入れられている。これこそ彼の魔術だが、それがAIと人間が踊る新作フラメンコの幕開けになるとは予想もしていなかった。天才ダンサーが現れたのは、フラメンコでもコンピュータでもない世界の、はるか彼方の風景だった。

撮影:守屋友樹 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

 

フラメンコの実験室

新作のタイトル「Israel&イスラエル」は、イスラエル本人が提案したという。あいちトリエンナーレ2016への参加をはじめとして、日本でもよく知られるイスラエル・ガルバンが、山口情報芸術センター[YCAM]と組んで作り出す、日本製イスラエルAIの誕生である。そのコアにあるのがAIテクノロジーだが、今回の作品は結果そのものよりも創作のプロセスを丁寧に見せる作りになっていた。ハリウッド映画が好むような、AIと人間の競争や対決ではなく、両者が競演するにはどうしたらよいのか、それをゼロから考えてみるというトライアルである。鍵になるのは、AIがイスラエルの何を学習するかだが、YCAMは彼のダンスの最大の特徴でもあるフラメンコのステップ、サパテアードに絞ることにした。
AI研究者の徳井直生さんはまず、動画などからイスラエルのステップを抽出してAIに学習させ、生成した試作を作ってみた。これを聞いたイスラエルは、本物とは程遠い不完全な出来だったにもかかわらず、面白がったという。客観的にみればAIの愚かさが丸出しにもかかわらず、そこにこそ面白みを感じたのである。イスラエルはこのAIに「ベティ」という名を付けて、本格的なコラボレーションが始まった。だがYCAMの技術チームがピエゾ(圧力センサーの一種)を取り付けた特製シューズを制作し、イスラエルにステップを踏んでもらったところ、予想以上の圧力でデータが振り切れてしまうなど、苦労の連続だったという。こうしたセンサー類やAIの靴にあたる、床を叩くデバイスの「ソレノイド」(電気エネルギーを機械的運動に変換する部品)なども含めて、この作品は、AIだけがテーマなのではなく、むしろ前代未聞のフィジカル・コンピューティングの実験室そのものと言えるだろう。

撮影:守屋友樹 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

 

驚異の触覚コミュニケーション

前半はイスラエルが彼の踊りのエッセンスを披露して、超人的なパフォーマンスで観衆を圧倒するが、その後イエローのツナギに着替えて作業員の格好で現れると、それまで枯山水的に見えていたボードが原色に点滅して、いきなりコンピュータゲーム的世界に反転する。スーパーマリオを思わせるコミカルなシーンもあるが、面白かったのは、YCAMと慶應義塾大学が共同開発した「テクタイル」というツールを観客に両手で持ってもらい、一対一でイスラエルのサパテアードを振動として感じてもらう場面。フラメンコが目や耳ではなく、手の触覚を通して直接身体のなかに、しかも一対一で働きかけてくるという、まったく新しい体験である。

撮影:守屋友樹 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

イスラエルにとって、ヴァイブレーションはサウンドとともに彼の芸術の根幹にある重要な要素であり、これまでの作品でもいろいろな試みをしてきている。フラメンコにとってダンスする身体は楽器でもあるが、イスラエルの場合は床や壁から椅子や身の回りにあるモノなら何でも振動体に変えてしまう。観客とともにいる空間そのものを、振動体として使ってゆくという方法論が、実験的なマシンによって新しい展開を得たと言えるだろう。伝統的なフラメンコの殻を破って独自の芸術を作ってきたが、この点でも際立って挑戦的と言える。彼は自らの「弟子」として踊りを学習する機械に対して、いったいどのような感触をもつのだろうか。

撮影:守屋友樹 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

 

不完全さと自由

それが展開するのが後半である。イスラエルのステップをリアルタイムで学習したAIが舞台上のソレノイドと、観客席にあるソレノイドを通してステップを返し、それを受けてイスラエルがまたステップを返す。この掛け合いが次第に重層的になり、劇場全体が靴になったかのような、凄まじい振動に包まれる。バック・トゥ・バックと呼ばれるリアルタイムの掛け合いだが、その途中で何度か、おおおっという瞬間がある。イスラエルはおそらく何億回もサパテアードを踏んできただろう。数え切れない膨大な数の人間のステップに対して、AIは不完全だからこそ、人間では絶対に踏まないようなステップを返してくる。人間が相手では起きない状況のなかで、イスラエルが煌めくようなサパテアードを繰り出す。人間でもなく機械でもない何かが踊っているような。

撮影:守屋友樹 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

人間が去った後のステージで、AIだけが独自のサパテアードを披露するラスト。これには誰もがゾクっときたのではないだろうか。AIの不完全なステップのなかに、キラリと輝く瞬間がある。小石のなかにクリスタルが混じっているような瞬間だ。

ラテン語で小石のことをカリキュルと言う。計算機をカリキュレータというのは、石を数えることが計算の起源だからである。イスラエルが掴んでバラまいてみせたのは、計算の基礎だったのだ。不完全なればこそ、予測がつかないからこそ、そこに自由があることを、機械を弟子にして見せてくれたのである。 Israelとイスラエルがこれからどう変身してゆくのかも予測はつかないが、未知の世界を拓いてくれることだけは確かだろう。

INFORMATION

イスラエル・ガルバン+YCAM新作ダンス公演 「Israel & イスラエル」

山口情報芸術センター(YCAM)
2019.2.2-3

WRITER PROFILE

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港 千尋 Chihiro Minato

1960年生まれ。写真家・批評家。多摩美術大学情報デザイン学科教授。芸術人類学研究所メンバー。映像人類学を専門に、写真、テキスト、映像インスタレーションなど異なるメディアを結びつける活動を続けている。記憶、移動、群衆といったテーマで作品制作、出版、キュレーションを行う。国内外での国際展のディレクションも手がけ、ベネチア・ビエンナーレ2007では日本館コミッショナー、あいちトリエンナーレ2016では芸術監督を務める。

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