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INTERVIEW

踊りで繋がるプロダンサーと路上生活者のリアルな身体。

Written by 安藤誠|2020.2.19

©Tokyo Video Center

ドキュメンタリー映画『ダンシングホームレス』公開記念
新人Hソケリッサ!主宰 アオキ裕キ(ダンサー・振付家)
インタビュー

振付家・ダンサーのアオキ裕キが2005年に立ち上げ、以後、現在に至るまで15年にわたって活動してきた路上生活経験者のダンスカンパニー『新人Hソケリッサ!』(以下ソケリッサ!と表記)。真摯でありながら、どこかユーモアとペーソスを感じさせるそのダンス、そしてダンサーそれぞれの生き方を描いたドキュメンタリー映画『ダンシングホームレス』(監督・撮影:三浦渉)が3月7日から公開される。五輪開催に向けて「多様性」の意義が声高に唱えられる一方で、社会的マイノリティへの眼差しは優しいとは言い難い東京という街の路上で生きてきた「おじさんたち」(アオキは親しみを込めてダンサーたちをこう呼ぶ)、そのソウルが刻まれた踊りは、本作をただのダンス映画でも、ホームレスのドキュメンタリーでもない、独自の地点へと押し上げている。撮影中、アオキ自身は彼らとの共同作業に何を感じ、何を見据えながら踊っていたのか。ソケリッサ!のこれまでの活動を振り返りつつ、アオキと「おじさんたち」の現在地、そして将来像について聞いた。

初めて知った彼らのバックグラウンド

——冒頭のソロのシーンをはじめ、本作ではダンサーの躍動感や身体そのものがとても印象的に捉えられています。その一方で、ドキュメンタリー作品としては当然のことですが、路上生活を経験してきたダンサーたちの来歴や日常についての描写にも多くの時間が割かれていますね。ある意味で彼らのダンスに先入観をもたれてしまうリスクもあると思いますが、今回の撮影にあたって、アオキさんやダンサーの皆さんはそのことをどのように感じていましたか。

アオキ裕キ(以下アオキ) おじさんたちの悲哀物語にならないように、という部分では、監督とすいぶん話をしましたね。僕はおじさんたちと「踊り」そのもので繋がることがすごく大事だと思っているので、普段彼らのバックグラウンドについて話を聞くことは滅多にありません。ですから僕自身、今回の映画を創っていく中で、それまで知らなかったおじさんたちの物語を初めて知ったという面もあります。

ただ、一般の人が観る映像作品としては、それはやっぱり知りたい部分だろうし、映画全体のバランスとして監督がそこを押さえたいと思ったのもよくわかる。結果的には、それぞれの個性をちゃんと理解して、編集上も変な平等主義に陥らずにうまく振り分けた仕上がりになっていると思います。一緒に長くやっている平川さんというダンサーは、彼ならではの面白い部分がピックアップされていて映画の中で緩和剤的な役割になっているし、元々ダンサーを目指していてドロップアウトしちゃった西さんなんかは、踊りもしっかりしている。そのあたりは監督も意識して撮っていたのかなと思います。

——出来上がった映画を観てどのように思われましたか。

アオキ 僕はおじさんたちと付き合ってもう長いし、踊りそのものを含めいろんなことが当たり前になってしまっているので、映画を観ても正直、社会からどういう反応があるのかうまく想像できない部分があります。ただ自分自身としては、おじさんたちの踊りは面白いんだという確信はいつも持ち続けていますから、やっぱり何回でも観たくなりますね。

©Tokyo Video Center

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「信頼」さえあれば進んでいける

——アオキさんが、ソケリッサ!の運営についての質問を受けて「社会のルールがいいですか?」と答えるシーンがあります。規則で縛ることを一切せず、ダンサーそれぞれの自由意思や生き方を最大限に尊重して運営していくスタイルは非常にユニークですが、その反面、組織運営という点では多くの難しさがあると思います。作品を創っていく上で、彼らにはどのようにアプローチしているのでしょうか。

アオキ そうですね、まず僕自身、おじさんたちそれぞれの将来のこととかはあまり考えているわけじゃなくて。路上のままならそれはそれで構わない。彼らに対して「将来的にこうなってほしい」みたいなビジョンを持ってしまうと、その途端に踊りが緩くなってしまう気がしていて。踊りを「未来のためのアプローチ」みたいにしちゃうと、どうしても優しく……優しくというか、鈍くなってしまうんです。踊りってそういうものじゃなくて、痛いところもあるし、その人にとってすごくしんどい部分を表現しなきゃいけないこともある。もちろんそこには愛もあるんですけれど。

いちばん大事にしているのは「信頼」ですね。世の中って、みんな疑ってルールを作るじゃないですか。その結果、ルールがどんどん増えるばかりになって今のような社会になっている。そんな時代だからこそ、僕は信頼を大事にしたい。それさえあればそのうち自分たちで進んでいける。

たとえば西さんが、自分は自分であるために路上にいる、この生活しかないということを、映画の予告編でも言ってるんですけど、それは本当によくわかります。彼らはずっと親や家族によく思われるように、自分で何かを選ばずに生きてきて、最後にはそれに耐えきれなくなって路上に出た。今は全部、自分で選べる人生を生きていて、そこにはしっかりとした「個」があるんです。それって実は、みんな「個」をなくして何をしていいかわからなくなっているような世の中への大きなメッセージじゃないかと思っていて。だから僕は、皆が自分自身で進んで、そこで転ぶんだったら転ぶで、また道を選んで進むという生き方を推奨してあげたいし、一緒になって前へ進んでいける存在になれればいいかなと思っています。

——過去に公演本番で軸になる人が当日現れなかったことも何度もあったんですよね。

アオキ ええ、最初はビックリしましたね。でも欠けたら欠けたままで自分が踊ればいいし、それでも成立するように準備はしています。お客さんからはそれらの過程もすべて見えるようになっていますから。そこは逆に大事にして、これまでになかったカンパニーの面白みとして捉えてもらえればいいかなと。

©Tokyo Video Center

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リアルな身体に宿るダンスの可能性

——アオキさんは元々商業ベースでも活動されていて、バックダンサーや著名なアーティストたちの振付の経験も豊富です。そのような世界とは180度真逆な路上生活者の人たちが踊れば必ず面白いダンスが生まれる、という強い思いはどこから生まれてきたのでしょうか。

アオキ ダンスの世界にいると、普段ダンサーの身体しか見ないじゃないですか。きちんと鍛錬を積んだ、ビシッとした身体。それとは全く異なる、生活と直結したすごくリアルな身体、いわば原始の身体をおじさんたちは持っている。そんな人達が踊ったら、そのエネルギーはすごいものがあるだろうというのは確信していましたね。

外で寝ている人たちは、恐怖とか、寒さとか、鳥のさえずりを聞いて朝を感じるとか、自然に直結した感覚が身体に露出しています。一方で僕はボタンを押せば灯りがついて、いつも安心して布団で眠りを取れる恵まれた環境で生きていて、そういう部分が麻痺しているという気もしていました。過酷な環境にさらされてきた身体や感覚は、僕だけではなくいまこの社会にも必要とされているのではとも思います。

——この映画そのものが、東京という街を通して見たひとつの都市論にもなっているようにも受け取れます。多くの人が機能的で便利な生活を送る一方で、そこからはみ出た人たちの原始的な部分が露わになるのも、また都市だったりする。両極端の生活が普段は混じり合うことなく存在しています。そんな東京で「恵まれた生活」をしていたアオキさんが、彼らと混ざることが大事だったということでしょうか。

アオキ そう、混ざりたかったんです。プロのダンサーと路上生活者、その対比も見せたかったし。非常に独特で、しかも不安定な要素を抱えた身体をいかに見せるか、それはいつも考えていますね。都市のいろいろな場所に、踊っている「自分たち」がいるということそのものが、なんだろう……世の中にある種の刺激を与えることにもなるし、そういう場を通じて誰かのためになるのが、おじさんたちにとってもすごくいい方向に働いているとも思うし。

インドでおじさんたちと踊りたい

——公演中の場面は映画の中でもたくさん出てきますが、青天井で踊っているシーンが多いですね。

アオキ あれはちょうど、2017年から1年間くらいかけて、都内の屋外で踊るツアー(東京近郊路上ダンス『日々荒野』)をやっていたときに撮影が入っていたので。照明や音響のある場所でやる機会ももちろんあるんですが、そういう場所だと、他の路上生活者の人たちや、日頃踊りに触れていない一般の人になかなか観てもらえなかった。それで自主的にお金を集めて、ああいうふうにしたと。

——特に外にこだわっているわけではない。

アオキ はい。でも、おじさんたちにとってリアルな環境ではあるので、やはり面白くはなりますよね。当然ですけど通り過ぎていく人もいれば、近くで騒いでいる人もいたりして。でも、あえてそういう中で踊るというのは、僕自身にとってもすごく大事な気がするし。

——皆さん、自分たちのフィールドで生き生きとやっている感じがします。雨の場面も同様です。

アオキ 15カ所屋外でやったんですが、実際、かなり降られましたね。ラストの踊りのシーンも、始まったときは晴れてたんですけど、踊る段になったら急に降ってきて。ド頭のシーンもそう。もちろん自分たちとしては晴れてたほうがいいんですが、でもみんな泥だらけで寝転がったりも厭わずやるし、全然文句言わずに。そのあたりはさすがです。

——今後の展開について、描いていることを教えてください。

アオキ 既にいくつか公演の予定は入っているんですが、その先うまく資金が得られたらイギリスに行きたいなと。ストリートワイズオペラという、オペラとホームレス支援をかけ合わせている団体があるので、一緒にコラボレーションも兼ねながら路上でやるというのが一つ。でも本当に行きたいのは、おじさんたちよりももっと貧しい人たちがいるような国。インドやアフリカとかでやってみたいですね。僕もインドで踊って、強烈な体験をしたことがあるので、そこでおじさんたちと踊って、全員で何を感じられるのか、ぜひ知りたいですね。

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アオキ 裕キ
ダンサー/振付家。兵庫県出身。1987年より東京にて平田あけみ氏よりジャズダンスを教わる。テーマパークダンサー、タレントのバックダンサー業などを経て、2001年、NY留学時に遭遇した同時多発テロをきっかけに、自身のダンスを見つめ直す。2005年、ビッグイシューの協力のもと路上生活経験者を集め、ダンスグループ『新人Hソケリッサ!』を立ち上げる。言葉による振り付けと、それぞれの個人にしか生み出せない身体の記憶をもとにした踊りは、社会的弱者の社会復帰プログラム、またダンス教育のアプローチとしても評価が高い。2004年、NEXTREAM21最優秀賞受賞。一般社団法人アオキカク代表。

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©Makoto Ando

INFORMATION

映画『ダンシングホームレス』

3/7(土)、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー 配給:東京ビデオセンター 

WRITER PROFILE

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安藤誠 Makoto Ando

広告制作プロダクション主宰の傍ら、音楽・映画・ダンスなどの分野で取材・執筆。街中を回遊しながらダンサーとミュージシャンの即興セッションを楽しむイベント「LAND FES(ランドフェス)」ディレクター。障がい児のためのイベントやワークショップの企画・運営も手がける。

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