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OUT AND ABOUT

文化庁主催シンポジウム
「グローバル化する美術界と『日本』:現状と未来への展望」
2019. 9.11 国立新美術館講堂

Written by 糸瀬ふみ|2020.3.16

photo by Ujin Matsuo

 

 

日本における現代美術の持続的発展を目指し、現代美術の関係者の意見を幅広く集約し、日本人及び日本で活動する作家の国際的な評価を高めていくための取り組みを推進する「文化庁アートプラットフォーム事業」。政府成長戦略の観点でも注目される同事業が果たすべき役割をテーマに、現代アート関係者(アーティスト、キュレーター、批評家、コレクター、ギャラリスト)が議論を行った。

 

Mami Kataoka photo by Ujin Matsuo

 

日本の現代美術を取り巻く人々は、何をしなければいけないのか?

 

最初に日本現代アート委員会座長の片岡真実氏(森美術館副館長兼チーフ・キュレーター※当時  現森美術館館長)から、いまの日本が抱える現代美術を取り巻く問題や課題、それに対する具体策について説明がなされた。

「平成24(2014)年まで、国(文化庁)による現代美術に関する戦略的な議論の場はなかったが、現在は日本の現代美術を海外に発信していくに当たっての問題点などが整理され、まとめられている。もともと日本の現代美術は海外からの評価が高く、とりわけ戦後日本の美術については国際的に注目されていたが、いまの日本では、そうした作品や、関連資料が簡単には見られないというのが一つの大きな問題」(片岡氏)。

そうした中、平成29(2017)年に内閣官房に文化経済特別戦略特別チームが設置され、「文化経済戦略」を策定。2018年度にはアート市場の活性化という枠組みで初めて事業予算が計上され、「文化庁アートプラットフォーム事業」が開始された。片岡氏が座長を務める日本現代アート委員会は、この事業のステアリングコミッティであり、現在「国内外のキュレーターや研究者などの人的なネットワークの構築」、「日本発のアートの国際的な評価を高める上で重要なテキストの翻訳と国際展開」、「国際的な情報発信を行うウェブサイトの構築」、「日本国内における収蔵情報の可視化」という4つの柱を中心に対応策を検討し、具体的な形にしていく活動を行っている。

片岡氏は特に、昨今、従来の美術館活動に加えて、国際展やアートフェアが各国で開催されているが、日本の存在感は相対的に希薄化し、日本人作家が国際展に招へいされる頻度は極めて低くなっているという現状、さらには、欧米だけでなく、非欧米圏のアーティストにも注目が集まる中、日本の美術館やキュレーターは、もっと「人的なネットワークの構築」に尽力すべきであると指摘し、具体的なワークショップも行っていると報告した。

 

 

Michio Hayashi photo by Ujin Matsuo

 

次に同委員会の副座長(当時)を務める林道郎氏(美術評論家/上智大学国際教養学部教授)は、翻訳とウェブサイト構築について言及した。

「実際、欧米中心主義ではほぼなくなり、どの美術館も近代美術の物語を書き換えたいと考えており、自分たちが持っているモダンヒストリーのイメージを解体しようとしている。そうした中で日本の近現代美術は注目を集めているが、それらが文脈化されず、うまく理解されていないのが現状だ。翻訳された書籍や論文が圧倒的に少ない」と指摘し、翻訳すべき単行本や重要な批評文、論文を選ぶ選定のプロセスを進め、実際に翻訳も進めていると報告。

同時に、日本国内の美術館の収蔵作品情報を世界に向けて公開できるよう、データベースやウェブサイトを構築するべきであると述べた。「完全に欧米中心が終わったわけではなく、英語はやはりリングワ・フランカ(ⅰ)。英語対応が遅れている日本は、現状求められていることにきちんと対応し、情報を発信していかなければならない」と、活動について説明した。

 

グローバルの最前線では何が起きているのか?

ゲストプレゼンテーション(ヴェネツィア・ビエンナーレ2019企画展招へい作家)

 

続いて、昨年ヴェネチア・ビエンナーレ第58回国際美術展(2019年5月11日〜11月24日)の「企画展示部門」に参加したアーティスト、片山真理氏、久門剛史氏からプレゼンテーションがなされた。

 

Mari Katayama photo by Ujin Matsuo

 

片山真理氏

片山真理氏は、身体をかたどった手縫いのオブジェや立体作品、装飾を施した義足を使用し、セルフポートレートを制作するアーティスト。作品制作以外にも、『ハイヒールプロジェクト』として特注の義足用ハイヒールを装着し歌手、モデル、講演など、多岐に渡り活動している。

片山氏は2018年の8月に、ヴェネチア・ビエンナーレのディレクターであるラルフ・ルゴフ氏から出品の打診を受け、10月に参加が決定。決定の連絡をもらった時のことを、「本当に感動的で贅沢な時間だった」と語る。

片山氏はジャルディーニとアルセナーレの2会場で作品を展示したが、両会場とも困惑と驚きの連続だったという。アルセナーレではイタリアの職人に「作品を設置する机の制作をお願いしていたが斜めだった。指摘すると、大工さんが“俺が乗っかってみるよ!”と作品でもある台の上に乗り、“どうだ!大丈夫だろう!”と。このやりとりは本当にヒヤヒヤしたが面白い経験でもあった」と回顧した。

またジャルディーニでは写真作品を展示したが、清掃の人が濡れた雑巾で思いきり作品のアクリルを拭いてるところに出くわし、驚愕したという。「この時ふと脳裏をよぎったのが、オリンピックとも言える国際展なのに、本当に大事な作品は出さない作家も多いようだ、と日本で言われたこと。その時はまさかと思ったが、この光景を見た時に、そういうことか、何が起こるかわからないと納得した。大きな国際展では情報が末端まで伝わるにはかなりの時間がかかるのは当たり前。そういった意味でも、情報共有というのがすごく重要ということを痛感。作品が展示される空間、気候、どれもあまりよく理解しないまま展示に突入してしまった。でもとてもステータスの高い国際展であることは確かであり、参加できることは光栄であり、勉強になった」とヴェネチアでの滞在を振り返った。

 

Tsuyoshi Hisakado photo by Ujin Matsuo

 

久門剛史氏

「僕の場合は、アピチャッポン・ウィーラセタクン氏と共同制作した《Synchronicity》を出品してくれ、という狙い撃ちのオファーだった」と語るのは、美術作家の久門剛史氏。様々な現象や歴史を採取し、音や光、立体を用いて個々の記憶や物語と再会させる劇場的空間を創出する作品を制作する作家だ。

同作は、アピチャッポン氏が南米のコロンビアを舞台に製作している映像作品『メモリア』に関連した作品。深層心理学や脳神経学を参照しながら、個人の記憶と、社会や国家などの集合的な記憶の対比を題材とし、久門氏は脚本の構想段階からアイデアを共有、共同制作した。

久門氏にアピチャッポン氏から連絡があったのは2019年の元旦のこと。この頃アピチャッポン氏は『メモリア』を撮影中で身体的にも精神的にも出張は厳しかったため、「自分はインストールには関与できないが、君がもしできるなら」と言われ、久門氏が自ら現場をコントロールする形で出品することになった。

しかし進めていく中で問題が山積みになる。特にお金に関しては、「費用が充分に出ないと知ったのは書類をすべて書いた後。これまで日本人で企画展示に出品した先輩がほぼいないため、情報が蓄積されておらず、知る術がなかった。誰にも聞けなかったことが本当に苦しかった」と語る。

その後なんとか問題をひとつずつクリアし、久門氏も現地入りしたが、「僕は自分のスタジオなどで制作した作品を現場に持っていって展示するだけではなくて、展示場所に行って、その場所がどういう場所であったか、どういうものがフィットするかということを必ず考える。その場で作ったりすることも多い。だからヴェネチアでやる作業が多かったので、僕が着くまでに施工を終えておいてほしいと約束していたが、まったく間に合っておらず、結果的には6日近く作業が遅れた。イタリアの人は“明日”という意味の“Domani”“Domani”とよく言うが、それが守られたことはほぼなかった(笑)。彼らは言ったことをやるということではなく、かなりオリジナリティのあるやり方だった」と、トラブル続きだったと回顧するも、「作品を咀嚼して理解し、時間をかけてシチュエーションを準備した上で招へいしてくれたことは素晴らしいし、つながりをもらえた」と語った。

 

photo by Ujin Matsuo

 

パネルディスカッション

石井孝之:タカ・イシイギャラリー代表/日本芸術写真協会代表理事

田口美和:タグチ・アートコレクション

片山真理:アーティスト

久門剛史:美術作家

モデレーター:片岡真実、林道郎

 

Takayuki Ishii photo by Ujin Matsuo

 

世界ではどういう形で日本のアートが紹介されているのか

 

最後にパネルディスカッションが行われ、日本を代表する現代美術ギャラリーのギャラリストであり、オーナーでもある石井孝之氏のプレゼンテーションから始まった。

石井氏のギャラリーでは、戦後日本美術の作家たちから現代の作家まで、特に海外でまだ広く認知されていない作家たちをメインに紹介しているが、国際的な評価が追いついていないと身にしみて感じてきたという。

「2007年に実験工房(ⅰi)をロンドンのフリーズ・アートフェアで紹介したが、コレクターはもちろん、美術館のキュレーターさえ彼らのことを知らなかったことに驚愕した。私の感覚として、ギャラリーやオークションで引く手数多でも、キュレーターが興味を示さなければ、美術館での展覧会や国際展などに選ばれず、知られないというのはもったいないこと。実際に実験工房の作家たちは、私が紹介したことをきっかけにテート・モダンに入った作家もいて、さまざまな人が興味を持ってくれた。

また、日本はもっと世界中から注目が集まり、かつ実験的でセンセーショナルな企画展を、国の施設を使用し、企業や個人のサポートなどを受けつつ開催するべきだ。国が率先してやることで、活気あふれる場が創造できるはず」と語った。

 

Miwa Taguchi photo by Ujin Matsuo

 

海外における日本の存在感は

 

次に世界的な現代美術コレクターで、世界各国のアートフェアや国際展を見てきた田口美和氏が、コレクターからの視点で、海外での日本のプレゼンスがどう捉えられているかについて発表した。

いちコレクターが見たことであると前置きしながら、「日本のプレゼンスはとても希薄」と田口氏は語る。例えばヴェネチア・ビエンナーレのオープニングレセプションで、フランスから招待された大臣やポンピドゥ・センターの館長などが挨拶をするのは普通のこと。またパーティはもっとも社会性が高いところであり、情報交換をし、人のつながりを得る重要な場所だと説明した。

また、「欧米の美術館の人たちはアートフェアにも赴くが、その際コレクターも同行し、自分たちが気になっている作家や作品をコレクターたちにも知ってもらい、その良さを伝え、情報共有することも多い。協働しながらコレクションを作っていくという姿勢が鮮明に現れている。欧米の美術館には、文化やアートで歴史をつないでいくことを使命に作品を集め、歴史をつくっているという認識が当たり前にある」と述べ、日本ではそういったことがほとんど行われていないのが現状であり、欧米に見習うべきところが多々あると指摘した。

その上で日本が今後注力していくべき課題をいくつか挙げ、特に「人づくりがやはり重要。アートは人がつくり、人が評価し、人がつなげていくもの。システムがいくら強固になっても、人がいなければ押し出していけない。人とのつながりとネットワーク、強い『個』をどれだけ生み出していけるかが大事になっていく」と語った。

 

photo by Ujin Matsuo

 

今後の課題とは?

 

両名のプレゼンテーションを受けて、林氏は「人のつながりを作っていくイベントや展覧会を、美術館もギャラリーも考えていかなければいけないし、特に現代美術を扱う美術館がパトロンたちとの関係をどう構築していくべきかを考えなければいけない」と今後の課題を提示。

最後に片岡氏が「日本の存在が希薄になっている中で、いかにプロモートしていくのか、立ち位置を模索していくためにネゴシエーションを続けていく必要がある。またディコロナイゼーション、ダイバーシティ、エンバイロメントという世界が直面している共通の課題をテーマに、日本とそれ以外の地域のキュレーターやアーティスト、研究者がどういう議論ができるのか、それも形にしていかなければいけない」と語った。

同シンポジウムを通じて、日本の情報力や人的ネットワーク、アーティストへの金銭的支援の乏しさなどの具体的な問題が浮かび上がった。今後の現代美術振興の課題が明確になるとともに、文化庁が推奨し進めてきた事業とネットワークづくりが、具体的な策をもって動いていることを知ることができた貴重な機会となった。今回の文化庁の動きをきっかけに、日本のアートシーンがどう動いていくのか、我々も注視していきたい。

 

 注

 (ⅰ)リングワ・フランカ:共通の母語を持たない人々が、相互理解のために用いる言語のことを指す。共通語の意味で使われることが多い。

 (ⅱ)実験工房:1951年から57年にかけて、美術評論家の瀧口修造のもと、美術家、作曲家、批評家、振付師、詩人などが、個別の活動をしながらも互いに協力し合い、コンサートや展覧会で技術や作品を提供する時に用いたグループ名。武満徹、湯浅譲二、山口勝弘、駒井哲郎、北代省三、福島秀子、秋山邦晴ら14人のメンバーが集まって結成された。

INFORMATION

文化庁主催シンポジウム「グローバル化する美術界と『日本』:現状と未来への展望」

日時:2019年9月11日
会場:国立新美術館3階講堂
主催:文化庁

WRITER PROFILE

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糸瀬ふみ Fumi Itose

ライター、編集者。香川生まれ。明治学院大学大学院文学研究科芸術学専攻博士前期課程修了。東京、香川、京都を拠点に、主に美術関連の書籍や雑誌の校正校閲、音声起こし、編集や、ネット、雑誌・図録などでライターとして活動。現在、アプリ版「ぴあ」内の連載「遠山正道×鈴木芳雄「今日もアートの話をしよう」」、「和田彩花の「アートに夢中!」」でコーディネート・取材・構成・執筆を担当中。

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