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PERFORMANCE

アピチャッポン・ウィーラセタクン《フィーバー・ルーム》
東京芸術劇場プレイハウス 2019.6.30 – 7.3

Written by 五十嵐太郎|2019.9.7

撮影:齋藤彰英

本作において鑑賞者は90分に及ぶ夢のような映像を鑑賞する。いや、夢の中に入るような体験すると言うべきか。もちろん、会場は東京芸術劇場なのだから、ここでは日々、公演が催され日常と切り離された物語の世界を楽しむ場所である。が、《フィーバー・ルーム》は通常の観劇を超えた体験をわれわれにもたらす。アピチャッポンは、この作品について「私にとって映画です」と述べており、「映画によって他人の夢を見ることができる」と考えている(パンフレットに収録された佐々木敦によるインタビューから)。プロジェクターから投影される光や映像、そしてスクリーンによって、作品は構成されている。が、当然、通常の映画とは違う形式だ。アピチャッポンが美術館の展示室で試みるように、映像を用いた空間インスタレーションが劇場において用意されている。

撮影:齋藤彰英

これ以上、筆を進めると、本作のネタバレ的な部分に触れてしまうかもしれない。だが、そもそも本作にネタバレというものがあるのだろうか。言うまでもなく、犯人を探しだすようなミステリーではない。それどころか、本人が述べるように、「ストーリーがほとんどありません。ただ若者が出てきたり、ベッドの上で寝ている人がいたり、洞窟の中だったり、そこには全く関連性、ストーリーがありません」(前掲書)。すなわち、眠る人など、アピチャッポンの他の作品にも共通したモチーフ、あるいは同じ俳優が登場しているが、映るものから謎解きをするタイプの作品ではない。また本作は開演30分前から入場するのではなく、ぎりぎりまでホワイエで入場を待たせ、狭い通路から観客席に案内されるといった空間の形式に大きな仕かけがある。が、それが作品のすべてという出落ちではなく、むしろどれだけ文章で内容を表現しても、実際の体験の方がはるかに豊かだ。

撮影:齋藤彰英

したがって、ここから先は、いかに劇場の空間を活用していたかを軸に論じよう。われわれが連れて行かれるのは、舞台の上である。そこで座って、観客席側を向く。ただし、幕は閉まっている。演劇において舞台側に観客を座らせる演出は過去にも経験したことがあったが、本作はそれらとも異なる次元に到達していた。まず上方からスクリーンが降り、病院で眠るシーンが投影される。スクリーンは正面のほか、左右にも出現し、さらに上下二段となる。映像と音響に囲まれ、やがて洞窟の中をさまようシーンに変わっていく。しかし、観客席と舞台を隔てる、もっとも大きな幕は閉ざされたままであり、その向こうに何が待っているのかを想像させられる。あまり予備知識を仕入れずに参加した筆者は、俳優たちが待機しているのではないかと思っていたので、作品の後半にいよいよ幕が上がったとき、虚をつかれた。そこには誰もいない観客席が広がっていたからである。

撮影:齋藤彰英

本作は映画館ではなく、劇場を使用しているが、生身の俳優が登場し、目の前で演じることはしない。豪雨の音と雷鳴のような閃光のなか、街灯が立っている。やがて、スモークが立ちあがり、プロジェクターから刻々と変化する凄まじい光の粒子がわれわれに浴びせられるのだ。通常、映画館では、スクリーンに投影された映像の反射光を観客席から鑑賞している。しかし、《フィーバー・ルーム》では、そうした映画の長い歴史(幻灯機などの前史も含む)における視覚の構造を完全に反転させた。われわれは反射光による具象的なイメージを見ているのではない。直接に向けられた光そのものを見ており、またそれらに包まれている。そう、スクリーンの向こう側にいるのだ。そして直前に見ていたシーンの流れから、夢の中に入ったようにも感じられる。特定のシーンを再現する光ではないが、スモークとレーザーのような鋭い光による幾何学の組み合わせは、雲の中を漂うような浮遊感覚をわれわれに与える。が、人によってはまったく違うことを連想しているかもしれない。

撮影:齋藤彰英

集団が同時に、それぞれ異なる夢に没入しているような作品である。時代性を考慮すると、莫大な予算をかけたハリウッド映画が、二次元のリアルを超えて、3Dや4Dの視覚体験を提供しながら、同一の物語受容を強化している現状と比較できるだろう。《フィーバー・ルーム》は、映画館の前身であるビルディングタイプ=シアターの空間構造をひっくり返し(映画館だとスクリーン側の床が狭く、実施できないはずだ)、奇蹟的な映像体験を実現している。本人の言葉を借りるならば、「特別なスペースが必要とされるライブ・シネマ」だ。もっとも、観客がずっと座ったまま動かないという形式は古典的である。インタビューによれば、アピチャッポンは3Dよりも、これから進化するバーチャルリアリティの方に興味があるという。将来、もし彼がVRの技術を活用した作品に挑戦したら、観客が自由に動きまわるようなポスト・シアターの映像空間になるかもしれない。

 

INFORMATION

「響きあうアジア2019」
アピチャッポン・ウィーラセタクン《フィーバー・ルーム》

日時:2019年6月30日 - 7月3日
会場:東京芸術劇場プレイハウス
ディレクター:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー、バンロップ・ロームノーイ、ナブア村のティーンエイジャーたち

WRITER PROFILE

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五十嵐太郎 Taro Igarashi

建築史・批評家。東北大学教授。 ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展2008の日本館コミッショナー、あいちトリエンナーレ2013の芸術監督などをつとめる。 著作に『現代日本建築家列伝』や『建築と音楽』など。

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