HOME > REVIEWS > PERFORMANCE
> ARICA『孤島 On the Island』 BUoY 2019.1.31 – 2.4 / YOKOHAMA 2019.2.15 – 17 
PERFORMANCE

ARICA『孤島 On the Island』
BUoY 2019.1.31 – 2.4 / YOKOHAMA 2019.2.15 – 17 

Written by 五十嵐太郎|2019.2.9

撮影:宮内勝

もとはボーリング場だったビルの地下にある風呂場の浴槽の水から反射する光が絶えず石の壁にゆらめいているというこの上もなく奇妙な背景。舞台が暗転すると、太い柱と梁がちょうどプロセニアム・アーチのようになり、右奥からギシギシと音をたてながら、椅子や小さな箪笥がのった物体がのそのそと歩きだす。最初は暗さゆえに、それがどうやって動いているのかよくわからず、ポルターガイストのような不気味さを帯びている。やがて、どうやらそれは二畳くらいの正方形の面の下に、安藤朋子が横たわりながら操作していることが判明するが、スムースなものではない。左奥の蛇口に幾度かぶつかった後、中央に滑り落ち、それまで足や手など断片的に見えていた身体がようやく全容をあらわす。彼女は椅子やタイヤをくぐり抜けてから、ガタガタと傾く台の上でバランスをとりながら立ち、歯を磨いたり、水を飲んだりするが、決してそこから離れることができない。

撮影:宮内勝

これが寓話化された島の視覚的な形象である。冒頭では筏、途中からは漂流物に囲まれた島のように見えるが、実際に安藤の身体感覚からサイズを決めたこともあり、特殊なドレスと言えるかもしれない。ベケットを原作とするARICAの「しあわせな日々」では、美術家・金氏徹平が参加し、被災物も想起させる物の山=巨大なドレスにおおわれ、安藤はほとんど身動きがとれなかった。今回はパンチのある「音」でも活躍した西原尚が協力し、家具などを備えた可動の台がつくられたわけだが、安藤がいくら動いても、常に身体はそれに接していることで、かえってそこに囚われる拘束具として機能している。またデザイナーの安東陽子が手がけた本当の衣装は、緑色である。アフタートークでは、島を背負う姿が亀みたいという印象(だから緑?)も聞かれたが、島の自然を象徴しているようにも思われ、島と一体化、いや島の意識になった女にふさわしいだろう。

撮影:宮内勝

ちなみに、矩形の島は外周において家具を垂直に切断し、見えない壁をもつ。モノの存在は内側だけに許される。が、安藤朋子の身体は下から這いだし、するりと壁を抜け、また下に戻っていく。もはやその身体はモノとして実在しないのか?が、一方で斜面の上で踏ん張る姿は生々しい。生と死のあいだで宙吊りになった身体。やはりベケットに触発されたARICAの「ネエアンタ」と同様、「孤島」でも女の声がかぶさっている。語られるのは島の記憶だ。したがって、これは筆者が芸術監督をつとめたあいちトリエンナーレ2013で掲げたテーマ「揺れる大地—われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」と響きあう作品である。「孤島」は沖縄や難民などの歴史にも結びつくものだが、具体的な固有名を挙げるわけではない。ゆえに、解釈は開かれており、都会の小さな個室を想像する人もいるはずだ。筆者の場合、出生率が変わらなければ、日本の人口が西暦3000年を過ぎると理論上はゼロになるという予測から、むしろ本土の遠い未来を想像した。

INFORMATION

ARICA『孤島 On the Island』

東京公演:BUoY 2019年1月31日- 2月4日
横浜公演:ARICA特設会場 2019年2月15日 - 17日

演出:藤田康城
テクスト:倉石信乃
出演:安藤朋子
音楽・演奏:福岡ユタカ
美術・演奏:西原 尚

WRITER PROFILE

Taro Igarashi五十嵐太郎
五十嵐太郎 Taro Igarashi

建築史・批評家。東北大学教授。 ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展2008の日本館コミッショナー、あいちトリエンナーレ2013の芸術監督などをつとめる。 著作に『現代日本建築家列伝』や『建築と音楽』など。

関連タグ

ページトップへ