音楽批評家。『iD-Japan』 『ユリイカ』 『OTOTOY』『Mikiki』『ele-king』『The Sign Magazine』『Jazz The New Chapter』等、様々な媒体で音楽とその周辺の文化について執筆。新日本プロレス所属のプロレスラー八木哲大の兄。
人間の声こそがラストフロンティアであるかのように、現代の音楽はジャンルの隔てなくヴォ―カリズム(vocalism)の探求を行っている。USメインストリームにおけるオートチューンの頻繁な使用、ベース・ミュージック~エクスペリメンタル・ミュージックにおけるヴォイス/ヴォーカル・サンプリングの技法の成熟、「プリスマイザー(prismizer)」をはじめとした新たなソフトウェアの開発など、その方法は様々だ。それらの共通点は、声を改変することにより人間性をある程度消失させ、そこから産まれるエモーションを追求することにある。
アンドロイド・オペラ『Scary Beauty』「オルタ2」 撮影:新津保建秀
『Scary Beauty』は、シンガー兼指揮者を「オルタ2」(Alter 2)という名前のアンドロイドにすることでヴォイス/ヴォーカルから人間性をほぼ完全に消失させた、現代の音楽シーンの極北に位置するオペラといえる。
オルタ2の金属的なヴォーカル/ヴォイスには、渋谷慶一郎の最初のオペラ『THE END』における初音ミクにはあった人間性の残滓はほぼ存在しない。そして、このアンドロイドが指揮するのは人間のオーケストラだ。この異形のフォーマットがオペラにもたらしたサウンドは、未曽有の迫力を持っていた。
オペラは、ウィリアム・バロウズのカットアップをディープラーニングで切り刻んだテクストをオルタ2がリーディングする楽曲で幕を開ける。オルタ2と拮抗するように鳴り響くオーケストレーションは、様々な音色が戦争を写実するかのように空間で衝突しあうもので、ある意味ではクレマン・ジャヌカンをアップデートしたようなコンポジションが施されている。
アンドロイド・オペラ『Scary Beauty』 撮影:新津保建秀
「Scary Beauty」や「The Decay of The Angel」では、オルタ2が高らかに歌い上げながらシンフォニックなオーケストレーションを指揮する。指揮のパターンは、会場の音楽や照明の刺激に反応することで人間のそれとは異なるメカニカルな「ゆらぎ」を含み、それが音楽に反映されることで、微細で予想不可能なテンポの変化を産み出していた。さらに、オルタ2が歌う中毒的なメロディーのリフレインは、不気味なアンドロイド・シンガーへの違和感と楽曲への陶酔をミックスする効果をもっていた。
ヴィトゲンシュタイン「確実性の問題」の抜粋を、「Word2Vec」という各単語の意味をベクトル表現化するプログラムを用いて自動作曲した作品は、オルタ2のため息のようなヴォーカルと各楽器の流麗な音色がポリフォニックに交差しながら自動作曲の領域を新たに開拓しており、この作品でオペラは終局を迎える。
最後に渋谷慶一郎のピアノを伴奏にオルタ2が「Scary Beauty」を歌う場面があったが、その歌唱に感じたある種の生々しさはいったい何だったのだろうか?
このオペラは、今後世界を周遊するとともに大きく変化してゆくであろう。
『Scary Beauty』の壮大な旅はまだはじまったばかりだ。
INFORMATION
アンドロイド・オペラ『Scary Beauty』
2018年7月22日
日本科学未来館
コンセプト、作曲、ディレクション、ピアノ:渋谷慶一郎
ヴォーカル、指揮:Alter 2 (Developed in Osaka University)
オーケストラ演奏:国立音楽大学学生・卒業生有志
アンドロイド制作:石黒浩