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2018.7.28-29
PERFORMANCE

伊藤キム『病める舞姫』
d-倉庫
2018.7.28-29

Written by 呉宮百合香|2018.8.14

photo by bozzo

『病める舞姫』は、時に耳馴染む歌声にのって私たちに近づき、時に吹雪となって私たちを突き放す。

 

舞踏家古川あんずに学び、2005年には土方巽の記念碑的作品と同名の『禁色』に白井剛とともに取り組んだ伊藤キム。16年ぶりのソロとなる本作は、真に土方の言葉と伊藤の身体のせめぎ合いといえる作品であった。

家主不在の部屋として見立てられた舞台空間を訪れた男が、机上の書物を手に取り口誦し始めることを契機に、『病める舞姫』の非日常の世界が立ち現れてくる。

本作において伊藤は、一方でシャーマンのように土方の言葉に自らを明け渡しつつも、他方で道化のようにその言葉を巧みにずらしてみせた。聞き取れないほどのつぶやきから朗読、暗唱へと、徐々に身体に忍び込んでくる言葉に対して、男はそれらを軽妙な言葉遊びや歌へと解体し、さらに散乱した言葉の集積をシュレッダー送りにすることで応ずる。しかし次から次へと紙束を押し込まれた機械はほどなく詰まり、転調。「冬場の虹男」というキャプションとともに男は別人へと変身し、舞台空間は切り刻まれた言葉の雪に覆われる。客入れの際に舞台全面にびっしりと『病める舞姫』の引用文が投影されていたが、そのおどろおどろしい雰囲気を彷彿とさせる瞬間である。

 

photo by bozzo

 

言葉はラジオから流れる録音に引き取られ、男の動きも身振りや歩きを中心とした前半からはうってかわって、機械仕掛けを思わせる質へと転じる。耳鳴りがするほどに上がる音量、迫り来る眩暈のような映像、真っ白に明るくなる舞台、部屋中のいたるところから吹き出してくる雪、口の中まで雪にまみれる男……

『病める舞姫』の言葉は日常を異化するトリガーとして働き、夏のある日を雪降る冬へ(同書の中で季節は夏から冬へと移行する)、訪れた男を「見知らぬ誰か」へと変貌させる。このような言葉の魔力を認めつつも、発話する際の意図的な「変形」によって遠ざかっていく言葉の尻尾を捕まえ、近しいものへと引き戻そうとする——すなわち言葉をめぐって遠近ふたつのベクトルが拮抗している点に、本作の独自性がある。

 

photo by bozzo

音と光が極点に達すると同時に『病める舞姫』の世界は霧散し、元の姿へと着替え、乱れた調度類を手際よく整えた男は、明かりの灯るテーブルランプを舞台中央に残し「お邪魔しました」と部屋を後にする。「私の少年」や「冬場の虹男」、「白マント」や「黒マント」をすっかりその身に飲み込んで。(2018729日ソワレ所見)

INFORMATION

伊藤キム「病める舞姫」

d-倉庫
2018年7月28日- 29日
振付・出演:伊藤キム
演出助手:後藤かおり
音響:牛川紀政

WRITER PROFILE

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呉宮百合香 Yurika Kuremiya

ダンス研究。主な研究対象は、2000年代以降の現代ダンス。また、ダンスアーカイヴの構築と活用をめぐるリサーチも継続的に行っている。2015-2016年度フランス政府給費留学生として渡仏し、パリ第8大学で修士号(芸術学)を取得。川村美紀子「地獄に咲く花」パリ公演をはじめ、ダンスフェスティバルや公演の企画、制作に多数携わる。「ダンスがみたい!新人シリーズ16・17」審査員。(独)日本学術振興会特別研究員(DC1)。現在、早稲田大学文学研究科博士後期課程在籍。

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