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PERFORMANCE

山川冬樹|DOMBRA
オープン・ウォーター~水(*)開く トライアル公演
2020.11.29

Written by 港 千尋|2021.3.19

Photo©: Open Water Executive Committee (Photographer: Akihide Saito)

 

ゲスト・ホスト・パラサイト

宇宙飛行士が空から眺めている地球は、おそらく2019年と変わりはないだろうが、地上の人間社会は一年前から激変してしまった。視点をどこに置くかで認識の地平は変わってしまう。山川冬樹のパフォーマンスDOMBRAは、移動しながら世界を眺めることの大切さを思い知る、実に稀有な機会となった。

午後4時。田町駅から徒歩5分にある運河で、わたしたちは乗船した。2艇のボートが目指すは東京湾。客数を限定してのトライアル公演とのことだが、アーティストと観客は別々のボートに乗船し、移動しながらパフォーマンスを鑑賞するというスタイルは、まったく初めての経験である。湾といえどもそれなりに波も風もある。大きな船も行き来する。こんな環境ではたして演奏は可能なのだろうかと、若干心配はあったのだが、それは杞憂であった。結論からいえば、これほどオリジナルで面白い公演はなかった。パンデミックの現在を歴史の長い流れのなかでとらえつつ、明日を開くポテンシャルを持ったパワフルな作品だ。

 

写真提供:オープン・ウォーター実行委員会(撮影:齋藤彰英)

 

生命潮流としてのアート

観客、スタッフ、撮影隊を乗せたボートはまもなく東京湾に出た。デッキに出ると冬の風が冷たい。いったいどこから来るのだろうか。空から降りてくるのか、山川冬樹のことだから水中から現れてもおかしくないなどと冗談を交わしているうちに、カモメの鳴き声が近づいてきた。カモメの群れを先導する一艇のボート。その屋根の上に設えられたステージに、鳥たちの声と山川のホーメイやドラの音が入り混じり、異様な共鳴の塊が波の上に出現する。やがて山川の声が聞こえてくる。

「このユリカモメたちは、カムチャッカ半島やシベリアから、はるばる国境を超えて、毎年、ここ東京港へ飛んでくるそうです。

<名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと>

これは在原業平が、京都に置いてきた恋い慕う人のことを、ユリカモメたちに尋ねて詠んだ歌です。東京都は、このユリカモメを、都の鳥に指定しているそうですね。」

 

写真提供:オープン・ウォーター実行委員会(撮影:齋藤彰英)

 

こんなイントロダクションで始まるDOMBRAは、東京湾と地球の間にいくつものつながりを読み込んでいくパフォーマンスである。ゲストたちはそれを船に乗ったまま鑑賞するのだから、あたかも湾の内と外、沿岸と外洋、海水面と水底……複雑に流れる潮流が可視化されるかのような、スリリングな体験となる。わたしたちは、このイントロダクションで、まずアーティストがどんな視点でこの水の拡がりを眺めているのかを理解した。鳥笛を吹いた彼は、こう言ったのだ。

「カモメたちに言わせれば……業平がなんか言ってたけど知らねぇし!それに俺たち別に東京の鳥じゃねえし!」

そう、カモメからすればロシアも日本も関係なく、東京湾もまた彼らのもの。上空から見れば国際クルーズターミナルもコンテナ埠頭も、背景にすぎない。人の流れが制限されても物流は途絶えないのは、パンデミックのさなかにも、感染リスクを抑えながら現場を動かしている人々がいるからである。パラサイトとしてのウイルスは、動物を介して人間へ運ばれる。ゲストとホストとパラサイトは、もつれ合って存在しているのである。鳥からコンテナに視点をおけば、グローバル資本主義の現実が見えてくる。令和2年上半期だけで、235万個のコンテナが東京港で取り扱われたという。こうしたアクチュアリティを折り込みながら、視点をスイッチすることでわたしたちが置かれている現実を相対化しようとする、巧みなレクチャー・パフォーマンスだと思う。

 

写真提供:オープン・ウォーター実行委員会(撮影:齋藤彰英)

 

Be Water

わたしたちのボートはドンブラコとたゆたうが、ゆったりしたウォーターフロントの風景は、高密度な情報空間のフロントでもあり、政治的現実のフロントでもあることが語られる。

「私に自由をください―これは東京出入国在留管理局に、身柄を拘束されている、あるクルド人男性の言葉です。政治的な迫害を受けた人たちが、生まれ育った土地を捨てて、命からがら、国境を超えて、ここ日本までやってきても、難民として認定してもらえないまま、今も、あの東京出入国在留管理局のビルの上層階に、まるで犯罪者のように、拘束され続けています。」

わたしたちはいつの間にか、国境のうえに連れ出され、カモメのように移動を許されない人間の、声にならない叫びに耳をそばだてる場所へと近づいていたのである。「1万375人の難民申請があった中で、日本が認定した難民は44人。」ゲストとホストの関係にある政治性が見えてくる。さらにお台場の歴史―黒船の襲撃に備えて作られた砲台―という歴史と隣り合わせだということが指摘される。フジテレビ本社ビルでは観光旅行番組が放送されていて、そこから山川の父親が同局の名キャスターであったこと、が語られる。

 

写真提供:オープン・ウォーター実行委員会(撮影:齋藤彰英)

 

このあたりで、わたしには山川が乗る船が水の上をゆくだけでなく、情報の流れを可視化し、時間の流れを遡上する魔法の乗り物のように見えてきた。この稀有なパフォーマンスを支えているのは、特に彼が香川県の高松市沖に浮かぶハンセン病の国立療養所「大島青松園」での継続的な活動だろう。隔離の島から持ってこられた石を彼が東京湾に沈めたとき、わたしたちは、検疫の起源とも結びついている、ハンセン病隔離の歴史の深淵を知らされたのである。その行為は、山川がはっきり行ったように、「水に流す」=忘却するという日本語の表現を受けて、「水に流された」数多の記憶が、流れ着き沈殿している東京湾を、「無意識的な記憶装置」に変換する行為であった。

 

写真提供:オープン・ウォーター実行委員会(撮影:齋藤彰英)

 

全世界が検疫中の2020年11月の夕闇は濃くなり、雲間からうっすらと丸い月が顔を出す。それは大潮の晩にあたっていて、北から南へ大量の水が流れ始めた、と聞こえてくる。地球と月の見えない力の働きがドライブをかけたかのように、山川の演奏は激しさをましてゆく。潮風にのって聞こえてくるリフレイン……。

「Be water, my friend」

ブルース・リーの声だ。突然わたしは海の上から大都市のど真ん中に連れ出された。一年半前、その言葉を目にしながら、50万人の香港市民と歩いた熱気が蘇ったのである。水は「好きなときに、好きなところへ」行くことのできない人々の、自由を守るために拘束されている人々の水でもある。鳥なのか狼なのかもはや得体のしれない動物に変身して、あらゆる流れを引き連れつつ水平線に消えていったエコーに、わたしは一縷の希望の音を聞いたのだった。

 

INFORMATION

山川冬樹|DOMBRA
オープン・ウォーター~水(*)開く トライアル公演

日時:2020年11月29日 16:00-19:00
場所:東京港海上
主催:オープン・ウォーター実行委員会
出演・構成・演出:山川冬樹
撮影:齋藤彰英
音響:市村隼人
アートディレクター:アベキヒロカズ
プロデューサー:山本敦子
ディレクター:四方幸子
特別協力:東京ウォータータクシー株式会社
協力:慧通信技術工業株式会社

WRITER PROFILE

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港 千尋 Chihiro Minato

1960年生まれ。写真家・批評家。多摩美術大学情報デザイン学科教授。芸術人類学研究所メンバー。映像人類学を専門に、写真、テキスト、映像インスタレーションなど異なるメディアを結びつける活動を続けている。記憶、移動、群衆といったテーマで作品制作、出版、キュレーションを行う。国内外での国際展のディレクションも手がけ、ベネチア・ビエンナーレ2007では日本館コミッショナー、あいちトリエンナーレ2016では芸術監督を務める。

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