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PERFORMANCE

オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World
プッチーニ作曲『トゥーランドット』
東京文化会館 大ホール 2019.7.12 – 14

Written by 藤田康城|2019.7.17

©堀田力丸

入口で手荷物を取り上げられ、廃墟のような倉庫に身一つで入ると、暗がりに奇怪なマシーンが音を立てていた。半裸の男たちが高い天井からロープを伝い降り、ロックバンドのライブの轟音の中、大きな台車に乗り、水を掛け合い、白い粉を撒き散らし、牛の臓物を食い投げつけ、縦横に動く。観客には席がなく、その阿鼻叫喚から逃げ惑いつつ事態を凝視する。1989年、ラ・フーラ・デルス・バウスの『Suz/O/Suz』横浜公演に、私は立ち会っていた。そして『トゥーランドット』の演出家、アレックス・オリエも、半裸の男たちの一人としてそこにいた。この、祝祭性に溢れ、一見キワモノのようなパフォーマンスはただの混沌ではない。「暴力と友愛」の主題が、パフォーマーと共に動かされ続ける観客の身体にまで入り込むよう、全て巧みに構成されていた。

さて、今回の『トゥーランドット』のオリエの演出はどうだろうか。合唱隊でもある薄汚れた多数の民衆に30年前の名残りがあるが、かつての野蛮な印象はなく洗練を極めている。だが、旧来の『トゥーランドット』の解釈を、再び「暴力と友愛」をモチーフとして、捉え直そうとする強い思いを感じた。

©堀田力丸

舞台は、リブレットにある中国の壮麗な宮廷の壁などからは程遠い、灰色の牢獄のような空間である。三方の壁は、多数の階段と手すりが鉄条網のように張り巡らされ、それに囲まれた、底辺にいる灰色の服を着た民衆は、まるで囚われ人のようだ。天井中央に巨大な直方体の構造物が浮かび、それ自体が照明機材でもあって、まばゆい光で地上を照らしている。このSFじみた未来的イメージの物体は、まるで宇宙船が離着陸するように、厳かに昇降する。そこがトゥーランドットや皇帝が住まう天上の場で、帝国の強大さとともに非現実的な象徴性によって、天界の崇高さを示している。

アルフォンス・フローレスの美術は、人々を押し潰すように降りてくる巨大な装置によって、天と地を厳然と分断し、民衆を虐げる帝国の権力を際立たせて、秀逸だ。衣装も、民衆の灰色に汚れた服に対してトゥーランドットを始めとする宮廷人は純白の衣装をまとい、鮮やかな対比を見せている。オリエの演出には長年、同じスタッフがチームであたり、装置、照明、衣装などが全体を精緻に結びつけている。

©堀田力丸

冷酷なトゥーランドット姫は、多数の王子たちから求愛を受けるが、結婚の条件として3つの謎を課し、それが解けなければ首をはねると定めた。誰もが命を落とす中、国を追われた王子カラフがその謎を解き、最後にカラフの愛がトゥーランドットの愛を呼び起こすというのが、知られた『トゥーランドット』の物語だ。カラフは自分の口づけがトゥーランドットの愛を生むと信じて疑わない。

そして、カラフが望むのは「愛」だけではない。最終幕の終盤、民衆がトゥーランドットの父である皇帝を讃える場面で、オリエはリブレットに記されている皇帝を登場させない。それによって、民衆の賛美の合唱は次の皇帝たるカラフに向けられる。これは、カラフが、結婚により手にする絶大な権力を自覚していることを示す。大きな花びらが天から舞い、民衆の祝福を受け、トゥーランドットの手を握りながら満面の笑みを浮かべるカラフ。流浪の王子が、美と権力を同時に勝ち得た最高の瞬間だ。しかし、その直後の緞帳が降りる数秒前、カラフの傲慢な歓喜は打ち砕かれる。オリエが仕組んだ痛切で目の醒める鮮やかな幕切れ。

©堀田力丸

男に連れ去られ乱暴され落命した祖先の王女のトラウマは純化され、トゥーランドットに引き継がれている。その復讐の念が、求愛する男たちを死に追いやって来た。オリエはそれを、単なるファンタジーに終わらせない。トゥーランドットがリューの自死に触発されて愛に目覚めるという終幕は、マチズムへの激しい怒りをトゥーランドットに体現させることにより、現代の問題と読み替えられている。

圧政に苦しむ世界の人々、強国の争いに巻き込まれて命を失う子供たち、「#MeToo」のこと、女性への陵辱は、毎日のように聞こえ耳を塞ぎたくなる。男たちは自己中心的な欲望の有り様に余りにも無自覚だ。カラフのマチズムに対するトゥーランドットの抵抗、抗議を徹底させること。オリエの演出は、天才的メロディーメーカーであるプッチーニの甘美な旋律に、アクチュアルな苦味を注ぎ、見事だった。今後『トゥーランドット』を上演するうえで、オリエの企んだこの結末とどう向き合って行くのかが、大きく問われるに違いない。

INFORMATION

オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World
ジャコモ・プッチーニ作曲『トゥーランドット』[新制作] 

総合プロデュース・指揮:大野和士
演出:アレックス・オリエ
美術:アルフォンス・フローレス

東京文化会館 大ホール
2019年7月12日 - 14日

新国立劇場 オペラパレス
2019年7月18日、20 - 22日

WRITER PROFILE

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藤田康城 Yasuki Fujita

舞台演出家。2001年よりシアター・カンパニーARICAの全ての演出をおこなう。2009年、新国立劇場で、ジェルジ・リゲティのオペラ『ル・グラン・マカーブル』の日本初演の演出をした。多摩美術大学・非常勤講師。

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