HOME > REVIEWS > SCREENING
> Re-Butoooh DANCE Videology NPO法人ダンスアーカイヴ構想 2020.6.1 配信開始
PERFORMANCE

Re-Butoooh DANCE Videology
NPO法人ダンスアーカイヴ構想
2020.6.1 配信開始

Written by クリスティーン・グレイナー|2020.12.26

 

「Re-Butooh  DANCE Videology」身振り、画像、思想のリエナクトメント

 

日本では大規模な災害が起きると、自然災害か政情不安かにかかわらず、アートコミュニティが活発な活動を展開する。たとえば第二次世界大戦後の10年間は日本の前衛芸術が隆盛するもっとも実り多き時期となった。1950年代から70年代にかけて、東京は過激でリスキーなパフォーマンスの理想的な舞台となったのである。土方巽や大野一雄を始祖とする舞踏、寺山修司や唐十郎、佐藤信、鈴木忠志などに代表されるアングラ演劇、そしてゼロ次元によるパフォーマンスなど、さまざまな芸術運動が展開された。より近年では福島の原発事故(2011年3月)が劇場やアートの現場、ソーシャルメディアといった場に強烈な刺激を与えた。竹内公太のセルフポートレート写真や『Body Is Not Antibody』プロジェクト、福島産の野菜を使ったスープをロンドンのフリーズ・アート・フェアで振る舞ったユナイテッド・ブラザーズ(荒川医 + 荒川智雄)、そして渋谷駅で行われたChim↑Pomのパフォーマンス『Level 7』(注1)などが挙げられる。こうしたアーティストたちは災害が発生したときにだけ作品を発表したのではなく、むしろそれを契機として身体に関する新しい考え方を提示し、カタストロフとクリエーションの多義的な関係を通して根本的な問いを投げかけていったところに大きな意義がある。

 

舞踏が、地球レベルで芸術に対する人々の考え方を変革していった実験芸術運動のひとつであったことは言うまでもない。そして慶應義塾大学で土方巽アーカイブを開設・運営している森下隆氏は、舞踏をいくつかの文献で述べられているような「戦後舞踊」と位置付けるのは適切ではないと、常々と主張している。確かに舞踏はこの時期に生まれた芸術運動であり、戦後の東京の不安定な状況が、身体とアートに関する議論に大きな衝撃を与えたことに異論の余地はない。しかし、それよりむしろ、そのあとに続く高度経済成長や近代化といった社会の変遷に対して土方が投げかけたさまざまな問いや、画家のベーコンやゴヤ、ヴォルス、ピカソ、クリムト、そしてアルトーやニジンスキー、バタイユ、ジュネといったヨーロッパの作家や思想家たちに土方が深く共感したことなどが、舞踏の創造の重要な土台となったことも忘れてはならない。つまりアートやパフォーマンスを単に危機的状況の結果として捉えることはできないということだ。アーティストは同時代の問題を扱う議論や政治への姿勢、戦略などを提示する独特の手法を持っており、美術批評家やキュレーター、研究者とはアプローチの仕方が違う。たとえ同じ思想哲学や文化芸術運動の影響下にあったとしても、アーティストはそれとは別の、生の受け止め方、身体の表象、パフォーマンス的行為に対してそれぞれに異なるアプローチをしかけるのだ。

 

渥見利奈インタビューより 撮影:naoto iina

 

ドキュメンテーション再考

新型コロナウィルスによるパンデミックが猛威を振るう中、日本を含む世界中のアーティストや文化施設は芸術創造の新戦略についてさまざまに考えを巡らしている。なかでもとりわけ興味深いのは、アーカイブを新しく創造すること、言い換えれば、芸術作品をドキュメーンテーションする新しい方法の模索がさかんに行われるようになってきたことだ。近年の潮流を見れば、生身のパフォーマンスによって過去の作品を「アーカイブする」ことが即ち新しいクリーションにつながることも考えられるだろう。

日本においては、2016年に設立された特定非営利活動法人ダンスアーカイヴ構想(DAN)が6月、「Re-Butoooh ― ダンス・ビデオロジー」をスタートさせた。これは短いドキュメンタリーやインタビュー、歴史的な舞踏のパフォーマンス映像などを収録した<ビデオロジー>と称する全30分のオンライン舞踏番組で、その独創的なアプローチにより、作品制作のためのリサーチやクリエーションへの従来とは違った新しい取り組み方を提唱している。ともすれば容易に失われがちで、特に海外のアーティストや研究者にはなかなかアクセスすることの難しい貴重な研究資料に光を当てている。

 

「ラ・アルヘンチーナ頌」カーテンコールでの大野一雄と土方巽  Photo by Naoya Ikegami

 

ウエブサイトによると、DANは今後、大野一雄(1906~2010)、および大野慶人(1938~2020)に関する約2万5千点もの資料を順次デジタル化し公開していく予定だという。その中には映画、インタビューやパフォーマンスの動画、画像、その他が含まれており、舞踏に関連する事柄を多種多様な文脈から参照することができるようになる。チラシやポスター、公演プログラムなどに加え、フィルム、スチル写真、書籍や手記、そして衣装や小道具にいたるまで、このふたりの偉大な舞踏家に関する膨大な資料は、ここ数十年にわたり、大野一雄舞踏研究所(2016年からはNPO法人ダンスアーカイヴ構想)にて分類、デジタル化されてきた。

DANの代表者、溝端俊夫氏は1989年以来、大野両氏の活動のドキュメンテーションをシステマチックに保存管理してきた。そして大野のキャリア全般をカバーするデジタル資料を制作することから始め、1994年から2001年にかけて、映像制作や書籍の出版など、彼の仕事を回顧するいくつかの事業を実施した。

また1998年には慶應義塾大学アート・センター内に土方巽アーカイブが開設された。森下隆氏のディレクションによるアーカイブには、土方巽が残した「舞踏譜」と呼ばれる創作ノートを始め、フィルムや写真、公演のポスターやプログラム、土方について書かれた書籍など、あらゆる関連資料が所蔵されている。これらの資料は目黒区にあったアスベスト館(元、土方のスタジオ)に保管されていたが、同アーカイブが設立されてからは和栗由紀夫(1952~2017)や山本萌(1935~)など、土方の作品やワークショップに参加したダンサーたちに関する豊富な資料とともに収蔵されている。(注2

「Re-Butoooh ―ダンス・ビデオロジー」は、こうしたすでに収集されている豊富なアーカイブ資料に加え、DANが新たに収集あるいはプロデュースする新規資料や作品を合わせた実に豊かな鉱脈を背景に、舞踏の創造にとってより画期的かつ刺激的なインスピレーションの源泉となることができるのではないだろうか。

新型コロナウィルスによるパンデミックはここ数か月、世界中で「(その場に)存在する」ことの概念を大きく変化させつつある。人と人とがバーチャルに接触するためのzoomなどの装置とスクリーンの存在は、私たちに「身体の存在」についての考え方の変更を迫っている。そうした状況下で、「リエナクトメント(再現)」もまた大きな注目を集めつつある。なぜなら、過去の出来事を再現するという行為は、アーカイブと身体とを直接結びつけ新たな文脈の中で捉え直すことを可能にするからだ。

 

川口隆夫「大野一雄について」_Photo by Takuya Matsumi

 

「Re-Butoooh―ダンス・ビデオロジー」の創刊号には大野一雄の踊りを「コピー」するアーティスト、川口隆夫『大野一雄について』(2013~)の映像クリップを冠したオープニングに続いて、時期も分野も多岐にわたる種々の、実に興味深い資料や作品がコンピレーションされている。

筆者は川口のパフォーマンスを舞踏のリエナクトメントの非常に優れた事例だと考える。川口は舞踏を学んだこともなければ、大野一雄の舞台を観たこともない。彼は2013年、大野の踊りを解明するための手段としてその形をコピーすることを思い立ち、この作品の制作を開始した。川口のパフォーマンスは日本の踊り手たちにとってのみならず、20世紀の舞台芸術の歴史にとっても重要なリファレンスとなった。

川口はその作品の中で非常にユニークな方法論を用いて偉大な舞踏家の作品のいくつかを再現してみせる。彼がブラジルで公演を行ったとき、私は彼に話を聞く機会があった。彼は 大野の踊りを映像や写真から自分の体に、文字通り写し取ろう、つまり「コピー」しようとしたのだという。『大野一雄について』は川口隆夫による大野のイメージのリエナクトメントというわけだ。彼のパフォーマンスが大野を彷彿する動きを見せてくれたのはもちろんであるが、加えて川口の身体が持つ固有の特徴を際立たせて、リエナクトメント行為の新しい可能性を示した。

「Re-Butoooh」の巻頭を飾るのは大野一雄の伝説的な舞台『ラ・アルヘンチーナ頌』(1977年)初演のカーテンコールの映像だ。土方が深々とお辞儀をしたあとに花束を大野の頭にかぶせたり、直立した大野が観客に向かって敬礼をする姿など非常に印象深い。その後に続くのはセリーヌ・ヴァグネルによる土方巽の絵本。アクト・スュッド社から2016年に出版されたこの絵本は、土方の写真集『鎌鼬』に基づいて土方巽というアーティストを寓話仕立てに描いている。

 

セリーヌ・ヴァグネル『地を打つ:土方巽 舞踏への道』 撮影:naoto iina

 

ウィリアム・クラインの写真集『TOKYO』を取り上げたショートビデオは、銀座の街に繰り出した3人の舞踏家たち(土方巽、大野一雄、慶人)のパフォーマンスとそれを取り囲む群衆たちの姿に、オリンピック前夜の混沌とした東京の一面を映し出して、興味深い。

さらに「Re-Butoooh」が紹介するのは、日本のモダンダンスのパイオニアである江口隆哉・宮操子による1930年代後半のダンスを語るインタビュー、コンテンポラリーダンサー川村美紀子が2016年にパリで演じたパフォーマンス、大野一雄・慶人の『睡蓮』(1987)の衣装を担当した慶人の妻・悦子の話、そしてメインフィーチャーではヨネヤマママコのパントマイムの世界を紹介している。日本のパントマイムのパイオニアであるヨネヤマは、江口・宮夫妻の下でモダンダンスを学んだのち、大野一雄にも師事。その後、アメリカへ渡ってパントマイムをマスターし、各地を巡演する。多くの舞踏家は<他者の身体>を表現するためのテクニックとしてのパントマイムに関心を持っていたので、ここでヨネヤマが取り上げられているのも、舞踏史を概観する上で有意義と言えるだろう。

 

「All About Zero」よりヨネヤマママコ  Photo by Koichi Tamauch

 

川村美紀子「地獄に咲く花」 Photo by Cédric Duron

 

舞踏に関連した、あるいはもっと広い意味で言えば、思想、パフォーマンス、美術、そして舞踊が複雑に絡み合ったひとつの芸術運動に関連したさまざまなトピックを、ひとつの地図のようにしてダンス・ビデオロジーという実験的な形にまとめあげた「Re-Butoooh」は、舞踊の実践と思索に新しい可能性を切り開くキュレーション的な提案であり、舞踏の公演やそこから派生するVRなどのデジタル表現についてより詳しく知りたいと希望する舞踊家、その他さまざまな分野のアーティストや研究者たちにとって、多大なポテンシャルを秘めている。

今日の舞踊をめぐる状況は多くの点において舞踏とはかけ離れている。大野一雄、慶人、そして土方巽の作品にインスピレーションを与えた物事や世情は、今日では大きく様変わりしてしまった。しかし、それでもなお今日において日本国内外で活躍するアーティストたちにとって取り組むべき意義を持つ問いも多く残っている。生と死の間の繊細な境界線は今なお研究されるべきテーマであるし、性の多様性をめぐる政治的課題、優生学と権力との結びつきなど、舞踏の歴史は多くの問題が絡んでもいる。

「Re-Butoooh―ダンス・ビデオロジー」の創刊号は現在もオンラインで公開されており、誰でも無料で視聴することができる。

海外に住む研究者であり教育者である筆者は次号をとても楽しみにしている。私たちの歴史に関する知的欲求を満たし、舞踏の実践と考察の決まり切ったカテゴリーを攪拌し、生きること、踊ることの意味を刷新してくれることを切に期待している。

 

 

脚注:

1) 2018年、森美術館で開催された「カタストロフと美術の力」展では、40組を超えるアーティストたちがアートと災害、美意識と政治の間の関係を探る意欲的な作品を展示した。https://www.mori.art.museum/en/exhibitions/catastrophe/

2) 和栗は土方の方法論に基づいて独自の舞踏譜『舞踏花伝』を制作し、2005年に出版された英文の書籍『正面の衣裳』には山本が土方に授けられた振付のメモを書き起こしたものが、中保佐和子の翻訳で紹介されている。

 

参考文献:

Baird Bruce and Rosemary Candelario (org) The Routledge Companion of Butoh. New York: Routledge, 2018.

Lozano, Jonathan Caudillo Cuerpo, Crueldad y Diferencia en la danza butoh. Ciudad del Mexico: Plaza y Valdez, 2016.

Morishita, Takashi Hijikata Tatsumi’s Notational Butoh, an Innovational Method for Butoh Creation. Tokyo: Keio University Art Center, 2015.

Pagès, Sylviane Le Butô en France: malentendue et fascination. Paris: CND, 2017.

 

 

INFORMATION

Re-Butoooh ダンス・ビデオロジー

主催:NPO法人ダンスアーカイヴ構想
構成・演出・映像編集:飯名尚人
渉外・広報・テキスト:溝端俊夫、呉宮百合香

WRITER PROFILE

アバター画像
クリスティーン・グレイナー Christine Greiner

ブラジル、教皇庁立サンパウロ・カトリック大学教授。 「Readings of the Body in Japan」(2015年)、「Fabulations of the Japanese Body and its Microactivisms」(2017年)等の著書はブラジルを含む複数の国で出版されている。

関連タグ

ページトップへ