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PERFORMANCE

世田谷パブリックシアター×パソナグループ
『CHIMERICA チャイメリカ』
2019.2.6 – 24

Written by 高橋彩子|2019.6.21

世田谷パブリックシアター×パソナグループ『CHIMERICA チャイメリカ』 撮影:細野晋司

人はしばしば、眼球をカメラに、網膜をフィルムに例える。しかし、人間の場合、網膜に映った像のそのままを見てはおらず、脳で様々な処理を行うことで視界を形成するという。つまり、カメラには写るものが、時として人間には見えていない。イギリス人劇作家ルーシー・カークウッドが書いた『チャイメリカ』の主人公ジョーは、この事実を象徴するような存在だろう。

本作の舞台は、カークウッドが生まれた5年後の1989年と2012年・2013年の中国と米国に置かれている(13年に世界初演)。89年当時、天安門広場で戦車に立ちはだかる姿を世界中に配信され、正体も消息も不明のまま“タンクマン”と呼ばれている男。若かりし日に彼を撮影して名を馳せた報道カメラマンの一人、ジョー(田中圭)は二十三年後、中国の旧友ヂァン・リン(満島真之介)から、この男が生きていると示唆され、探し出そうとする。物語は、カークウッドと同国のイギリス人女性テス(倉科カナ)とジョーとの恋愛模様も絡め、89年と12・13年の米中を行き来しながら進んでいく。

世田谷パブリックシアター×パソナグループ『CHIMERICA チャイメリカ』 撮影:細野晋司

この2つの時代設定が秀逸だ。89年の中国では、政府が学生や市民の民主化運動を武力で弾圧し、国際社会から非難を浴びていた。一方、アメリカでは、国防総省のベトナム秘密文書事件やウォーターゲート事件から10年以上経つものの、ジャーナリズムはまだ自他ともに政府を監視する第四の権力を任じていた。だが歳月が流れた2010年代、中国はアメリカを脅かす経済大国となり、不況にあえぐアメリカではジャーナリズムの勢いが衰えつつある。そんな中、ジョーは民主化運動の弾圧に立ち向かった歴史的人物をみつけ出し、「この世にヒロイズムがあること」を示そうと躍起になるが、今や中国資本の影響下にある彼が勤める新聞社は、取材の続行を許さない。独力で取材を続けるジョーの行動は、ひっそりと生きる人々を窮地に追い込んでいく。やがてジョーはヂァン・リンが示唆した人物にたどり着くが、それは歴史的写真の中に確かに存在するがタンクマンではなく、誰も見ようとしないもう一人のキーパーソンだった。

世田谷パブリックシアター×パソナグループ『CHIMERICA チャイメリカ』 撮影:細野晋司

正義感に燃えるジョーの行動が、ことごとく裏目に出るさまは、まるで『オイディプス』の主人公を見るようだ。と同時に、リベラリズムの危機やジャーナリズムの敗北を目の当たりにしている私達そのものでもある。そんなジョーの情熱と焦燥と傲慢を田中圭が繊細に演じ、心に深い傷を抱え諦観を漂わせながらも強い意志を胸に秘めるヂァン・リンを満島真之介が鋭く表現した。

世田谷パブリックシアター×パソナグループ『CHIMERICA チャイメリカ』 撮影:細野晋司

可動式の装置を駆使し、まるでシャッターを切るかのようにスピーディーに舞台を展開していく栗山民也演出。戯曲に散りばめられた可笑しみを観客と共有するにはシリアスな情景が多かったが、物語の最後、全てのフォーカスが真の戦車男へと絞られる演出に圧倒された。見慣れた登場人物が、戦車男と同じビニール袋、同じ服装で私達の前に立つ。それは、歴史と今、虚構と現実とが交錯する、究極のクライマックスだった。

INFORMATION

世田谷パブリックシアター×パソナグループ 『CHIMERICA チャイメリカ』

世田谷パブリックシアター
2019年2月6日 - 2月24日
作 :ルーシー・カークウッド 
演出:栗山民也

WRITER PROFILE

高橋彩子 Ayako Takahashi

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学・舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。現在、Webマガジン『ONTOMO』で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」(https://ontomo-mag.com/tag/mimi-kara-miru/)、バレエ雑誌『SWAN MAGAZINE』で「バレエファンに贈る オペラ万華鏡」、バレエ専門ウェブメディア『バレエチャンネル』で「ステージ交差点」(https://balletchannel.jp/genre/ayako-takahashi)を連載中。第10回日本ダンス評論賞第一席。

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