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PERFORMANCE

W. ケントリッジ演出 オペラ『魔笛』
新国立劇場 2018.10.3-14

Written by 桂 真菜|2019.2.16

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 

新国立劇場2018/2019シーズン開幕公演

観客に思考を促すW・ケントリッジ演出のオペラ『魔笛』

2018/2019シーズンから新国立劇場オペラ芸術監督に就任した大野和士は、オペラの魅力を幅広い層に伝えるプログラムを組む。美術とパフォーミングアーツの両面で活躍するウィリアム・ケントリッジ演出のモーツァルト『魔笛』(2005初演、ブリュッセル・モネ劇場)は、現代美術や演劇の愛好家の関心も集めた。歌手と共存する「動くドローイング」の装置は、東京公演に際し最新技術で組み直された。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

人種隔離政策下の1955年、南アフリカ共和国に生まれたケントリッジは、ウクライナから移住した祖先をもつユダヤ系白人。その出自は民族や宗教に基づく差別に、警鐘を鳴らす芸術を育んだ。筆者が初めて観たケントリッジ演出作品は、アヴィニョン演劇祭1996に招かれたハンドスプリング・パペット・カンパニー(HPC)『ハイヴェルトのヴォツェック』(1992初演)。ビュヒナー戯曲の破滅する主人公を黒人兵士に重ねた人形劇は、古い教会の仮設舞台を厳かな祈りで満たした。人権を傷つける構造を照らす作劇は、ジャリ戯曲の暴君を真実和解委員会に呼ばれる加害者に読み替えたHPC『ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ』(1997初演、ふじのくにせかい演劇祭2016に招聘)に続く。

社会における抑圧を探る視点は、『魔笛』の解釈にも健在だ。ステージに投影される望遠鏡や測量機の映像は、シカネーダーの台本では古代だった時代背景を、19世紀に改めたことを教える。『魔笛』が初演された1791年当時のヨーロッパでは「知性が進歩を促す」という啓蒙思想が普及していた。だが、理想を掲げた革命や植民政策は、犠牲を伴う。王子タミーノ(スティーヴ・ダヴィスリム)のサファリ服からは、列強の探検隊が「未開の地」に住んでいたものを苦しめた歴史が透ける。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

人物像も原作とは違い、徳高い祭司ザラストロ(サヴァ・ヴェミッチ)は、冷酷な独裁者の面影を宿す。アリア「この神聖な殿堂の中では」で博愛を歌う彼が、夜の女王(安井陽子)の娘パミーナ(林正子)にサイ狩りの映像を見せつける姿は、弱者の恐怖心を操る洗脳を思わせた。ザラストロと配下が説く男性優位思想を覆すため、ケントリッジは女王の侍女三人が撮影に興じる場面を冒頭に置く。テクノロジーを解する女性たちが扱う写真機はフェミニズム、エキゾチックな風景、複製文化など多彩なイメージを引き寄せる。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

終盤でタミーノとパミーナは共に階段を登り結ばれるが、祝祭感は薄い。試練を超えた二人も階段に並ぶ市民も、ザラストロの支配体制に組み込まれた印象が残るからだ。下段に連なるパパゲーノ(アンドレ・シュエン)とパパゲーナ(九嶋香奈枝)は、前の場面で多産を願う二重唱「パ・パ・パ」を歌うが、両者の声にも演技にも野生の鳥の勢いは薄かった。

観客を楽しませながら思考に導くケントリッジ演出『魔笛』は、歌手たちの声や身体表現に強さが増せば、奥行きが深まるだろう。恋人たちの情熱や夜の女王の神秘が、歌から響き渡れば、文明の光と影を観客は肌で感じるはず。ローラント・ベーア指揮による東京フィルハーモニー管弦楽団の演奏は打楽器の多用などに創意があるが、歌やプロジェクション・マッピングとずれる箇所が惜しい。新国立劇場のレパートリーとなる本作には、視覚効果と音楽が熔け合って空間全体が弾む上演を望みたい。

INFORMATION

W. ケントリッジ演出 オペラ『魔笛』

新国立劇場
2018年10月3日-14日
台本:エマヌエル・シカネーダー
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
指揮:ローラント・ベーア
演出:ウィリアム・ケントリッジ

WRITER PROFILE

Mana Katsura桂真菜
桂 真菜 Mana Katsura

舞踊・演劇評論家として複数のメディアに寄稿。㈱マガジンハウスの編集者(雑誌ブルータス、書籍「アンのゆりかご、村岡花子評伝/村岡恵理著」「シェイクスピア名言集/中野春夫著」「現場者/大杉漣著」等)を経て現職。実験的な作品から古典まで、多彩なパフォーミングアーツを巡り、芸術と社会の関係を研究。90年代前半から海外の国際芸術祭を視察し、美術評論や書評も手掛ける。国際演劇評論家協会(AICT) 会員。早稲田大学演劇博物館招聘研究員。

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