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PERFORMANCE

XHIASMA Research 002 「みえないグラデーション」公開ショーイング
ゲーテ・インスティトゥート東京
2023.1.13 – 15

Written by 林信行|2023.3.1

撮影:今井智己

 

湯浅永麻のリサーチプロセスを披露した3日間のイベント

 

開場したホール。来場者が空席を探す間、既に11人ほどの出演者が集まり準備体操をしている。やがて照明が落ちる。

「パートナーを見つけて、お互いの身体をスキャンして。」

時折、振付家・湯浅永麻がマイクも通さずに、こうした動きの指示を出す。出演者たちは互いに手を伸ばし、お互いの身体に触れそうで触れないギリギリのところで手を這わせてスキャンするなど湯浅に指示された動きをする。頃合いを見て、全体を見渡している湯浅から次の指示が出る。会場のスピーカーからは静かなBGMが流れている。時折、その音に被せるようにして、出演者たちのつぶやきのような言葉の断片が聞こえてくる。

「わからない状況というのも素敵(中略) 2人のワークとかは戸惑いが凄く見えるが、その戸惑いを凄く楽しんでいる部分がある。」

「あまり歯を食いしばってやったところで、歯がボロボロになって…」

照明が一段と暗くなり、物憂げなBGMが流れてくる終盤。最初はバラバラだった出演者たちいつの間にか床に転がった1人と、その心の内の不安を表したような集団に分かれる。そこへ湯浅が割って入り、心身の間の葛藤のように両者の間を激しく揺れ動き、やがてピタっと止まる。塊から1人の出演者が憔悴し崩れ落ちた湯浅に歩み寄り、いたわるように優しく包容した。と、唐突にショーイングが終わり、静かに湯浅とゲストによるトークが始まる。

 

撮影:今井智己

 

1月中旬。湯浅永麻によるXHIASMA Research(キアスマ リサーチ) #002 公開ショーイング「みえないグラデーション」が3日間に渡って開催された。上記はそこで披露された日々、大きく変化を続けたショーイングの一例だ。

「XHIASMA」と言えば2018年に深夜の東京ミッドタウンで公開された廣川玉枝(ファッションデザイナー)と脇田玲(アーティスト・サイエンティスト)と湯浅永麻(ダンサー・振付家)による一度きりのパフォーマンスを思い出す人もいるかも知れない。「XHIASMA」は遺伝子を含む染色体がX字に交差する地点を指す言葉だ。異ジャンルのクリエイターが交わって新しいものを生み出すプロジェクトになることを願って、プロジェクトはそう名付けられた。

湯浅は、このプロジェクトや、それに先駆けで建築家・田根剛も交えた作品「enchaîne」(Dance New Air 2018プレ公演 Vol.2)で異分野のクリエイターとコラボレーションしたことが大きな転機だったと振り返る。この体験をきっかけに、彼女は自らの主導でXHIASMA Researchをスタートさせる。パフォーマンス作品を作るということよりもプロセスそのものに焦点を当てた長期的なリサーチ活動で、ダンサーの専門知識や感覚を、ダンス以外の分野で活かすべくワークショップやダイアローグを展開するという試みだ。

第1弾は、2018年、湯浅のリサーチに参加した視覚障害を持つ武内美津子さんとの出会いが大きなインスピレーションとなり、光に誘われるような動きが誕生。城崎国際アートセンターで今回、同様にワープショップやトークが行われた。

第2弾となる今回(2022年)、湯浅に大きなインスピレーションを与えたのは、彼女がコロナ禍に出会ったという「カウンターテクニック」だった。

 

撮影:今井智己

 

湯浅のダンス観を変えた「カウンターテクニック」

「カウンターテクニック」は、オランダのアヌーク・ファン・ダイクが生み出したダンサー向けのテクニックの名前だ。彼女は1999年に自身のカンパニーを立ち上げ、ダンサー、振付家、そして芸術監督として数々の舞台に関わってきたが、次第にその関心はダンスメソッド自体にも広がっていく。仲間内で「どうしたらより効率的に踊れるのか」、「どうしたらダンス中に心にゆとりを持ってオーディエンスに心を開けるか」、「どうしたら傷つかずに大きなリスクを取れるか」といった議論を続けたものが、やがて「カウンターテクニック」として結実していく。

こうした議論を通して積み重ねられたファン・ダイクの発見は、その後、「基本原理」、「視点」、「エネルギー」、「空間」、「身体」、「意識」といった6つのToolbox(道具箱)にまとめられていく。「基本原理」は、緊張を抜き、身体のパーツを空間に解き放つことを促し、流れに任せて動的にバランスを取ったり、作用反作用のようにある動きに対して反対方向の動きを生み出したり、重心の配分を変えたりといった要素が入る。「視点」は「基本原理」の考え方を実践する上で、身体のどの部位や方向に視点を置くかを具体的にツール(道具)として取り揃えている。残りの4つはダンス中のエネルギーだったり、空間だったり、身体の動きだったり、意識といったカテゴリーに分けられ、さらに実践を助けるツールだ。カウンターテクニックではこれら6つを優劣をつけず対等に習得させる。

「ダンスは集中力を要し、心身を消耗させるが、そんなダンサーがこうした道具箱を身につけておくことで、いざ迷った時に活用できる」とファン・ダイクは説明する。

湯浅は、コロナ禍にこのテクニックにオンラインで出会い、ティーチャー資格を取得するに至った。パンデミックが始まった直後、決まっていた公演がすべてキャンセルされ、不安に包まれていた湯浅。踊る気力が失せ、焦燥状態でオランダの自宅に帰ったという。その後、しばらく「ダンサーだから」と律していた行動から自らを解放して過ごした後、再び子どもの頃のような素直な気持ちで再び踊り始めることができたという。

そんな湯浅だが、ダンスに失望したのは、これが初めてではないという。2015年、それまで11年間所属した世界的ダンスカンパニー、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)から退団を決意する前に同じような焦燥感を感じていた。2022年末に行われたアヌーク・ファン・ダイクとのトークで湯浅はこう吐露していた。

「自分がこのままカンパニーにいたところで、その先がどうなるかが見えてしまった。そして見えていたその先が面白く無くなり始めていた。」

「ダンスの世界は体育会系なところがあり、ダンサーは特定の教え方に対して疑問も持たずに従い続けなければならない側面がある。その結果、心身の酷使から、多くのダンサーが年齢を重ねると「身体も動かせない状態になる。」

これに対して「カウンターテクニック」を教えるファン・ダイクは、それなりの歳を重ねているはずなのに、今でも若いダンサーに混じって存分に身体を動かせていたことに衝撃を受けた。それを受けてファン・ダイク自身が振り返る。

「カウンターテクニックは、21世紀の幅広いダンスのジャンルを踊ることを求められるダンサーたちが心身共に健やかで、歳を重ねても無理なくダンスを続けられるかをたくさんのダンサーとの共同リサーチによって形成していき、今も常にアップデートを続けている。」

湯浅はカウンターテクニックのそんな側面に強く惹かれていた。

 

撮影:今井智己

 

あるのは区分ではなくグラデーション

XHIASMA Research #002は、2022年9月から12月まで合計24回ほどのダンサー向けのワークショップと、ダンサー以外の人も参加できるワークショップ「ダンス&ダイアローグ」を展開し、そこでカウンターテクニックの要素を教えた。ダンサー以外の対象者としては、日常生活で生きづらさを感じている人や発達障害がある人を中心に募集したが、そこには「カウンターテクニックの心身を解放させる考え方がダンサーではない人々へも拡がっていく」はずだという湯浅の信念があったようだ。自らが生涯を捧げてきたダンスが、ダンスに興味がある一部の人たちだけのものではなく、もっと広く社会に役立つ道を探ろうとしていたのかも知れない。

その表れなのか、3回行われたゲストトークも、2回はダンスとは直接関わりのないインディペンデント・キュレーターの青木彬やアートディレクター・グラフィックデザイナーの林琢真(今回のプロジェクトのチラシをデザインした)がゲストだった。湯浅が模索しているのは、こうした様々な人と、交流を持つためのコミュニケーションの媒介としての「ダンス」だ。

実はダンサー以外を取り入れたことは、ダンサーにも良い影響をもたらしたと振り返る。ダンサーだけのワークショップでは、技を習得しようという思いが強過ぎて受身の姿勢で学ぶことになりがちだが、ダンサー以外も交えたことで身体を動かしながらも対話が生まれたという。湯浅は、ショーイングでも紹介された、こうしたダイアローグを通して多くの気づきを得る。その一つが、我々は国や人種や仕事の違いで区分されお互い交差することなく暮らしているが、本来はその違いはハッキリと分かれているのではなくグラデーションのようなものだということ。

それはダンサーと非ダンサーを自然につなぐ言葉でもあった。このインスピレーションから「みえないグラデーション」という、今回のリサーチのタイトルがついた。

コロナ禍は人類全体の動きを止め、もう1度、自分と向き合う機会を生み出した。そのコロナ禍がようやく明けようとする中、湯浅は自身のこれまでの活動を総括し、社会へとつなげるための一歩を踏み出した。身体性が欠如し頭で考えた言葉だけが交わされるデジタル化の時代に突入したことで、世の中の分断はどんどん大きくなった。

これに対して湯浅の取り組みは心身の健康を通してこの分断をグラデーションに変えていこうという意欲的なものだ。踊りは言葉よりも先に生まれた人類のコミュニケーション手段とよく言われるが、ダンスに再びそうした社会的役目を与える一歩にもなるかも知れない。今後、湯浅が、この試みをどのように先に進めるかに期待したい。

 

INFORMATION

XHIASMA Research #002「みえないグラデーション」 公開ショーイング

日時:2023年1月13日 - 15日
会場:ゲーテ・インスティトゥート東京
演出:湯浅永麻
出演:湯浅永麻、モテギミユ、石山一輝、音惟、加藤理愛、藤井千佳子、bundai、永田嘉穂、韓亜由美、まめこ、Mizuki Sumikawa
主催:XHIASMA実行委員会

「ダンス&ダイアローグ」ワークショップ:2022年9月- 12月(SHIBAURA HOUSE)

WRITER PROFILE

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林信行 Nobi Hayashi

コンサルタント/ジャーナリスト。1990年からデジタルテクノロジーの最前線を取材。パソコンやインターネットの普及、デジタルワークスタイル/ライフスタイルの変化を伝えてきた。テクノロジーだけでは「豊かさ」はもたらされないという反省に基づき、現在は「22世紀に残すべき価値」をテーマに、テクノロジー、デザイン、アート、ファッション、教育などの領域をまたいで取材や執筆、コンサルティング活動、イベントや新規事業の企画などを行っている。著書多数。金沢美術工芸大学客員教授。リボルバー社社外取締役、グッドデザイン賞審査員。

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