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PERFORMANCE

小林勇輝『Chromosome』
VACANT、2018.10.8-10.10

Written by 荒木夏実|2018.12.13

Photo: Yuki Kobayashi

 

先日あるメーカーのショールームで、ラグビーの試合を写したスポーツ写真の展示を見た。高性能のカメラ技術を駆使して撮られた写真には、ぶつかり合う男たちの肉体、空中にほとばしる汗、苦悶の表情や歓喜の瞬間などが切り取られている。誇張されたマスキュリンなイメージに加え「清く美しい」ことを主張する正当性が陳腐に感じられ、これは現代における「戦争画」ではないかと思った。

Photo: Yulia Skogoreva

 

小林勇輝はこのようなスポーツの特殊性に着目し、パフォーマンスと写真によるシリーズ「Life of Athletics」(2014〜)を通してスポーツとジェンダーについて考察している。スポーツ、ジェンダーそしてアートという意外に思える組み合わせが小林にとって必然性をもつのは、彼がかつてプロテニス選手を目指していたことに関係する。最終的にアーティストへの道を選び、ロンドンでパフォーマンス・アートを学んだ小林は、異国における表現活動を通して自身の身体、性、人種に向き合う経験を重ね、かつてスポーツの世界で感じた違和感を題材にした本シリーズの制作を始める。例えば女性のスポーツ選手が身につけるフェミニンなウェアと観客の視線との関係、マリア・シャラポワ選手が球を打つ時に発する叫び声へのバッシングなど、スポーツ界に存在するセクシズムのこと。それが作品の発端となった。

Photo: Yulia Skogoreva

 

今回このシリーズを原宿のVACANTで発表するとともに、同会場でパフォーマンス『Chromosome』が行われた。挑発的かつユーモアとアイロニーに富み、そして実に「アクティブ」なこのイベントは、他に類を見ないユニークな内容だった。まず黒いシャツとパンツ、背中まで届く長髪という格好で登場した小林が、おもむろに服を脱ぎ、チアリーダーのコスチューム姿になる。そのまま壁に向かって倒立すると、裾がめくれて裸の下半身がむき出しになる。さらにトランポリンの上で飛び跳ねながら男性器をさらす姿に、観客は戸惑いながら目の前の状況を眺め続ける。その衣装を脱いで全裸になると、女性用のテニスウェアを身につけて髪を束ね、声を上げながら激しくボールの壁打ちを始める。続いて剣道の防具を身につけ、下半身は裸という出で立ちで柱に向かって奇声を上げながら竹刀を打ちつける…。

Photo: Yulia Skogoreva

 

長髪とミニスカートという女性性のアイコン、技術を伴った運動の所作、何度も見せつけられる男性の裸体、着替えという行為。スポーツには決して適さない広さの会場に充満していく熱気と湿気の中で、ボールや竹刀の動きにはらはらしながら、観客はこのクレイジーなショウに巻き込まれる。しかしそれは決して不快なものではない。ジェンダーが撹乱し、スポーツの伝統が脱構築され、繰り返される着脱の儀式によってやがては裸体にも慣れていく、その感覚が新鮮でエキサイティングなのだ。

いったい私たちはどれだけの掟に縛られながら生きているのだろう。それは人間にとって本質的なものなのだろうか。「裸でいることが不自然でない状態を作りたかった」と述べる小林は、自身の身体に男性と女性とを取り込んだ中性的な状態を作ることで、セクシャリティをはじめとするあらゆる規範を乗り越えようと試みる。

Chromosome(染色体)による区分を超越して新たな身体と精神のあり方を探る小林のパフォーマンスに、自由への可能性を感じた。

 

INFORMATION

小林勇輝《Chromosome》

主催:Dance New Air 2018
会場:VACANT
パフォーマンス:2018.10.8-10.10
展覧会:『Life of Athletics』2018.10.7 – 10.14
構成・出演:小林勇輝

WRITER PROFILE

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荒木夏実 Natsumi Araki

キュレーター/東京藝術大学准教授。 慶應義塾大学文学部卒業、英国レスター大学ミュージアム・スタディーズ修了。三鷹市芸術文化振興財団(1994-2002)、森美術館(2003-2018)でキュレーターとして展覧会および教育プログラムの企画を行う。主な展覧会に「小谷元彦展:幽体の知覚」、「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」、「ディン・Q・レ展:明日への記憶」、「六本木クロッシング2016:僕の身体、あなたの声」など。

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