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『ヒューマン・フロー 大地漂流』
アイ・ウェイウェイ監督 2019.1.12-

Written by 荒木夏実|2019.1.11

©2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 

「ヨコハマトリエンナーレ2017」で横浜美術館のエントランスの柱をびっしりと覆った色とりどりのライフジャケット。鮮烈な印象を放つこのアイ・ウェイウェイの作品《Safe Passage(安全な通行)》に用いられたおびただしい数のライフジャケットは、ギリシャのレスボス島に流れ着いた難民たちが残していったものだ。同作品が2016年2月にアイの住むベルリンのホール、コンツェルトハウスの柱を使って発表された時には、その意味合いはより強烈かつ深刻だったであろう。ヨーロッパでまさに進行中の難民問題を人々に突きつけたのだから。

アイ・ウェイウェイ(艾未未)《安全な通行》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景(横浜美術館)  撮影:加藤健 ©Ai Weiwei Studio 写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会

 

アイ・ウェイウェイが監督したドキュメンタリー映画「ヒューマン・フロー  大地漂流」は、アイが23カ国40ヶ所の難民キャンプと国境地帯を訪ねて作り上げた壮大なプロジェクトである。難民の数はここ10年で倍増し、世界で6,850万人にものぼる。世界中に存在する難民を追って、ヨーロッパの玄関口であるギリシャやイタリアを始め、ハンガリー、フランス、さらにはヨルダン、トルコ、レバノン、パレスチナ、ケニア、バングラデシュ、パキスタン、イラク、メキシコにまで赴くアイの行動力には驚かされる。しかしその行動に比して映画の中でアイが発する言葉は少なく、ひたすら人々に寄り添っているように見える。ドローンによる空撮やスマートフォンで撮られた印象的な光景、各地の海、空、砂漠の圧倒的な美しさに目を奪われながら、見ている自分もアイの旅に連れていかれる。

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命を賭してレスボス島にたどり着いた人々の苦難は終わらない。多くの国が国境を封鎖し、足止めされてしまうのだ。延々と歩き続け、濁流を渡り、雨に打たれ、線路脇の劣悪な環境で野宿する彼ら。さらに当局から催涙ガスを撒かれ、逮捕されるなどの追い討ちをかけられる。21世紀のヨーロッパで起こっているとは信じがたい理不尽な光景に絶句する。母国の戦禍や災害から必死に逃れてきた人々が、迷惑がられ、人間以下の扱いを受けている。救助の場面ですらそれを感じる。リビアやソマリアからイタリアの海岸にたどり着いた人たちが、防寒シートを巻かれ、登録され、号令の下バスに乗せられて移動する様子からは、個を失った集団として機械的に扱われることの残酷さが伝わってくる。

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2016年3月に結ばれたEU・トルコ声明により難民の送還を受け入れているトルコの巨大な難民キャンプも、空港跡地を使った整然としたベルリンのキャンプも、結局は刑務所に近い。安全は保たれても、自由がなく人としての尊厳は奪われる。被害者である難民が囚人のような立場を強いられる。

2015年にメルケル首相が難民の積極的な受け入れを示した時、希望を見た気がした。しかしその後、ドイツ内での移民政策への批判は止まらず、メルケルは責任を問われている。理想と本音とジレンマがヨーロッパで噴き出している。

一方で日本の2017年度の難民認定者数は申請者19,628人に対してわずか20人。国際的にも驚くべき少なさである。他国の状況を非難できる立場にないことは言うまでもない。

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怒りや批判をぶつけるのではなく、出口も答えもない居心地の悪さを突きつけたところが、この映画のリアルだ。ニュースが点と点を伝えることしかできないのに対して、難民当事者の現場に身を置き、共に動くことで「線」が見えてくる。安易なハッピーエンドや絶望の物語ではなく、彼らと同じ地球に住み、いつ同じ立場になるかわからない私たちが考えるべき現実がここにある。

INFORMATION

『ヒューマン・フロー / 大地漂流』

監督・製作:アイ・ウェイウェイ 
製作:チン-チン・ヤップ、ハイノ・デッカート
製作総指揮:ダイアン・ワイアーマン
編集:ニルス・ペー・アンデルセン
原題:HUMAN FLOW/2017年/ドイツ/ビスタ/5.1ch/2時間20分   

WRITER PROFILE

荒木夏実
荒木夏実 Natsumi Araki

キュレーター/東京藝術大学准教授。 慶應義塾大学文学部卒業、英国レスター大学ミュージアム・スタディーズ修了。三鷹市芸術文化振興財団(1994-2002)、森美術館(2003-2018)でキュレーターとして展覧会および教育プログラムの企画を行う。主な展覧会に「小谷元彦展:幽体の知覚」、「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」、「ディン・Q・レ展:明日への記憶」、「六本木クロッシング2016:僕の身体、あなたの声」など。

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