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『尋問』
リシャルト・ブガイスキ監督

Written by 遠山純生|2020.1.10

 

主人公は、陽気でどこか浮薄な雰囲気をまとったトニャという名の歌手兼女優だ。1951年のある晩、彼女は突然秘密警察に連行され、投獄される。囚人となった理由がわからないまま、執拗な尋問を受け続け私生活も丸裸にされたトニャは、やがて自分がかつての友人(西側のスパイの嫌疑をかけられた男)を“売る”ことを求められているのだと悟る……。

劇中の主要舞台となるラコヴィエツカ刑務所に、スターリン主義時代に実際に収監された二人の女性の体験に基づき、彼女らが監修者的な役割を果たしたとされる映画だ。その点ではリアリズムを志向した実録的・政治的作品なのだが、同時にこの『尋問』は、ストーリーテリングを重視し、理想を力強く謳う「娯楽映画」でもある。

実際、権力による人権蹂躙をこれでもかとばかりに描きつくす、重苦しい主題を扱った本作を類型的な体制告発ものに終わらせない魅力は、まず尋問する側とされる側との間で繰り広げられるスリリングな根競べにある。脅迫から懐柔まで、あらゆる手を使って証言(実質的には偽証)させようとする相手に対し、トニャもまたあの手この手で対抗する、ある種の駆け引きの連続は、目が離せないくらいに「面白い」のだ。この面白さは、トニャの人物造型およびこれをみごとに演じたクリスティナ・ヤンダの個性と切り離すことができない。単なる犠牲者には終わらない、尋問と拷問がその苛酷さを増せば増すほど取調官に頑強に抵抗し続ける、自己の信念を決して曲げないこの一種の英雄──前述の監修者から、実情に比べて「勇敢すぎる」と評されたそうだ──は、弱さやだらしなさも含めた人間臭さも人一倍持ち合わせている。

一方、秘密警察も決して忌むべき「悪」としてのみ描かれているわけではない。その複雑な性質を体現するのは、ナチとみずからを重ねられることに嫌悪を露わにし、トニャに密かに思いを寄せつつみずからの立場を疑問視し始めるタデウシュだ。取調官たちが処刑をちらつかせながらトニャを脅して自白させようとする場面には、双方を紋切型的に描くことを拒否する作り手の姿勢が顕著に認められるだろう。このとき、既に銃殺されたはずの男が、トニャがぶつかった弾みでむっくり起き上がってしまい、狂言に気づいた彼女は思わず呵々大笑する。体制側の安っぽいペテンが露見する滑稽ぶりもさることながら、長期にわたって心理的・肉体的に追い詰められ衰弱し切ったトニャのなかにまだ大笑いできるだけの力(感情)が漲っていることがわかるこのくだりは、緊張に満ちた展開を一瞬和ませると同時に、観る者に複雑な感慨を抱かせもするだろう。

独立自主管理労働組合“連帯”による民主化運動の高まりを危惧する政府は、1982年12月13日よりポーランド全土に戒厳令を敷く。それよりほんの数日前に完成したこの映画は、不穏な状況のなか共産主義体制の圧政に真っ向から否を突きつける格好となり、数奇な運命をたどることになる。まず映画そのものは上映禁止処分に遭い、密かに流通したVHSで観賞されるのみとなった。さらに本作が政府に問題視されたことがきっかけとなり、監督リシャルト・ブガイスキはカナダへ亡命せざるを得なくなったのである。本国で正式に公開されたのは、完成からおよそ7年が経過した体制転換後の1989年のことだ。

とはいえ実のところ、お蔵入りとも解禁とも関係なく、『尋問』は体制に勝利していたのだ。そのことは、この映画の終幕を確認してみれば明らかになるだろう。収監から5年後、雪解けが始まった56年にようやく釈放されたトニャは、その足でタデウシュとの間に密かにもうけた(そして出産後間もなく引き離された)一人娘を託児所へ迎えに行く。すでに彼女は監獄の面会室で、夫コンスタンティから離婚を申し渡されている。尋問に基づく調書から、夫はトニャがしでかした不義の数々を知り、裏切りに耐えられなかったのだ。娘の父親であるタデウシュも、トニャに釈放を告げた直後に拳銃自殺を遂げた。

その後、おそらく唯一の身内となった幼い娘と久々の再会を果たしたトニャは、託児所の職員から「お父さまが時々面会に来ている」と告げられる。このとき観客は、職員による「父親」の風貌の描写から、それがコンスタンティであることを悟るだろう。娘を連れ、かつて夫と暮らした集合住宅に戻ったトニャの姿で映画は締め括られるが、このご都合主義とも通俗的ハッピーエンドともみなされそうな幕切れに、呆気にとられる向きもあろう。だがこれは、必ずしも商業的な配慮に基づく結末ではないはずだ。虚偽を憎む倫理が、強大かつ残酷な力に象徴的に打ち勝ったことを祝福してもいるように思えるからである。

INFORMATION

『尋問』

監督:リシャルト・ブガイスキ
出演:クリスティナ・ヤンダ、アダム・フェレンツィ、ヤヌシュ・ガイオス

1982年/ポーランド語/117分/カラー

WRITER PROFILE

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遠山純生 Toyama Sumio

映画評論家。著書・編著書に『紀伊國屋映画叢書①~③』(紀伊國屋書店)、『マイケル・チミノ読本』(boid)、『チェコスロヴァキア・ヌーヴェルヴァーグ』(国書刊行会)など。訳書にピーター・ボグダノヴィッチ著『私のハリウッド交友録』(エスクァイア マガジン ジャパン)、『サミュエル・フラー自伝』(boid)など。雑誌、劇場公開用プログラム、ソフト封入冊子等への寄稿多数。

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