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SCREENING

『KUICHISAN』
遠藤麻衣子監督 2018.5.12-

Written by 荏開津広|2018.8.29

A FOOL

さる5月15日、沖縄は1972年の本土復帰から46年を迎えた。日本全国の米軍施設の約7割が集中する沖縄では、普天間飛行場の名護市辺野古移転プランが政府によって進められ、20年もの間、反対の声が上がり続けている。政府派と反対派との軋轢はネットの上から辺野古の現場まで持続している。沖縄の、特にその都市部でなんらかの映像が生み落とされるのなら、この結びつきの風景を無視することは不可能に近く、それは否応なしに記録されることになる。

遠藤麻衣子監督の幻想記録映画(Fantasy documentary)とただし書きのついた『Kuichisan』は、沖縄というこの島の内部から表面へとぼこぼこと見える歴史に目をつぶらず、かといって政治的/社会的に矮小化したり単純化したりすることも免れている。たとえば、島の太古を単純に賛美することによって、1972年以後に起きてきた時間を清算してしまうことを避けている。かといって政治は直裁には風刺されないから、映画自体が政治的なパンフレットに墜ちることもない。当たり前だが、ここではより大きく、強力なアートの蓋然性が探られる。それを沖縄と、簒奪された沖縄に次ぐ第三の場といってもいい。

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本作では、カンヌ映画祭を受賞した『グッド・タイム』のショーン・プライス・ウィリアムスが撮影した白黒とカラーの映像が自在に使われている。キャスティングも含めて、全ては事前に準備されず、現地に入ってから決めることも多かったという。驚くべきことは、官能性が映像の論理を崩壊させ、観客の目の前で映画という形式が傾き崩れた後で、まったく新しいヴォキャブラリーが獲得されていることだ。音楽、というよりも音が、映像全体に抜き差しならない形で介在していることも、その一つの理由である。音楽担当は、アルバム『UNBORN』、『MOON』をリリースしている才能、服部峻。出演は、石原雷三、エレノア・ヘンドリックス、李千鶴など。ヘルシンキ生まれでニューヨークのインディペンデント・シーンから現れた監督の遠藤麻衣子も、自分がヴァイオリニストとしての音楽教育を受けたことと映画の教育を経てないことを、インタヴューなどで繰り返し語っている。

冒頭、日本人の少年が眉毛を剃るところから、物語は始まる。南洋だと識別できる街の裡を米兵が縦横に移動し、日本に馴染みのある観客にはそれが沖縄だと判るだろう。動物や車のライト、カフェなどが脈絡なく映されていく。何度も繰り返される詩的クライマックスの到来とともに、少年のなかのある期待は徐々に確かな何かへと変容していく。

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INFORMATION

『KUICHISAN』

製作・監督・脚本・編集:遠藤麻衣子|共同製作:ジェシカ・オレック、奥田彩子|撮影監督:ショーン・プライス・ウィリアムズ(『グッド・タイム』)|録音:アレックス・ロッシング|音響デザイン:ブライアン・ハーマン|音楽:服部峻、小林七生、J.C.モリスン、加藤英樹、ブライアン・ハーマン、遠藤麻衣子|出演:石原雷三、エレノア・ヘンドリックス(『シティ・オブ・ドッグス』)、李千鶴(『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』)ほか
2011|日本、アメリカ|76分|35ミリ|白黒・カラー|1:33:1|ステレオ
助成:Cinereach   ©Selfish Club Productions

WRITER PROFILE

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荏開津広 Hiroshi Egaitsu

執筆/DJ/京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師。東京の黎明期のクラブP.PICASSO、MIX、YELLOWなどででDJを開始、以後ストリート・カルチャーの領域におき国内外で活動。執筆とDJ以外にはSIDECORE『身体/媒体/グラフィティ』(2013年)キュレーション、PortB『ワーグナー・プロジェクト』音楽監督、市原湖畔美術館『RAP MUSEUM』制作協力など最近は手がける。翻訳『サウンドアート』(木幡和枝、西原尚と共訳、2010年、フィルムアート社)(http://realsound.jp/2017/01/post-11172.html)

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