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SCREENING

『メモリーズ・オブ・サマー』
アダム・グジンスキ監督・脚本

Written by ヴィヴィアン佐藤|2019.6.28

© 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi

 

選ばれなかった人生の描き方

ポーランド映画といえば、アンジェイ・ワイダ、ロマン・ポランスキー、イエジー・スコリモフスキなど巨匠作家をすぐに思い浮かべるが、近年では『ゆれる人魚』のアグニェシュカ・スモチンスカや『イーダ』や『COLD WAR』のパヴェウ・パブリコフスキなど驚くべき若手実力派も多数、輩出している。1970年生まれのアダム・グジンスキもまた、本作『メモリーズ・オブ・サマー』によってその映画監督としての才能を世界中に知らしめた。

1970年代末。「連帯」結成前の民主化直前のポーランドのどこにでもあるような田舎町を舞台に、一夏のあいだに起こる12歳の少年期特有の揺れ動く心模様や少年の目を通した家族の微妙な関係を見事に映し出した。この映画自体が無限遠方からの記憶の光に作られた影そのものようだ。

日中の時間は長いが、あっという間に終わってしまうポーランドの夏、12歳のピョトレックは母親のヴィシアと遊ぶことが好きでならない。父親のイェジーは海外へ出稼ぎ中で、夏休みは母親と近くの石切り場で水遊びをしたり、家の中でチェスやレコードを聴いて過ごしていた。

© 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi

母親が仕事へ出かけると一人ぼっちになってしまうピョトレックはどうにか寂しさを紛らわす。ある日、湖で不思議な少年と出会い、彼が父親からもらったという昆虫が閉じ込められている琥珀のお守りを譲られそうになるが断る。母親が会社の同僚と夜な夜な遊びに行く回数が次第に増えるにつれ、ピョトレックの孤独と不安は深まっていく。湖で溺れた子供の屍体が上がり、ピョトレックは年上の粗野なスコーロンたちと遊ぶようになり、都会からは美少女マイカがやってくる……。

少年の目を通した小さな世界で起きた一夏の出来事の連鎖だが、それらひとつひとつが多感な少年の心にはマーブル柄を作る過程のように複雑な影響を及ぼしていく……。

この少年の一連の体験は、監督の自伝的な物語に見えなくもないが、完全に創作作品だという。美しいミニマルな映像はスコリモフスキの『アンナと過ごした4日間』やマイェフスキの『ブリューゲルの動く絵』を手がけた巨匠アダム・シコラによるもの。

© 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi

始まりと終わりが閉じられるように時間の流れが円環するような構造を持つ本作品は、見るもの全ての人がまるで自分が経験した思い出として反芻するような錯覚に陥る魔法に満ちている。

人生とは選択の連続であるのだが、もしかしたら選ばれなかった別の人生もあり得たのではないか。選ばれなかった別の人生もまた、選ばれた人生と同じようにパラレルワールドとしてすっとすぐ隣にいまも繰り広げられているのでないかという仮説。

母親とともに石切り場や家で登場する小さなチェスボード。

父親が出張のお土産として持ち帰る本格的なチェスボード。

終盤、カメラはいままでとは異なった動きをする。日曜教会へ行く支度をする母親。カメラは横滑りをしていき鏡に向かって支度をするピョトレックを父親のチェスボード越しに映し出す……。ここから冒頭の場面へと繋がっていくのだが、この時カメラは誰もいなくなった部屋の片隅にそっと置き去りにされるのだ。

© 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi

劇中ずっと終盤までカメラは客観的に、少年の周囲に起きる出来事を映し、また少年自身の記憶のようにそっと寄り添い、少年の内省的な視点を保持する。しかし、終盤にきてカメラは客観性を失い、選ばれなかったもうひとつの人生の少年の存在そのものとなるのである。置き去りにされたカメラはもうひとつの少年の人生でもあるし、これは自伝ではなく創作だと言い切るクジンスキ監督そのものの人生とも解釈できるのである。

自然に囲まれた郊外の団地周辺の物語だが、小鳥のさえずりや虫の声、外で遊ぶ子供たちの声、集合住宅の薄い壁の向こう側から聞こえてくるラジオやテレビ音。それら全てで「世界」ができており、少年の身体や心もまぎれもなく「世界」の一部である。全てが繋がり影響を及ぼしあっており、どれひとつ欠いてしまっては存在し得ない、琥珀に閉じ込められた昆虫のように、危うく脆く繊細な宇宙がこの映画の中に凝結されている。

© 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi

人間を「ホモ・ルーデンス=遊ぶひと」と定義したヨハン・ホイジンガの影響を大きく受けたロジェ・カイヨワは、彼の著書『遊びと人間』で、遊びを「競争」「偶然」「模倣」「眩暈」の4種類に分類した。『メモリーズ・オブ・サマー』にはこれらすべての「遊び」が登場する。この非生産的なもうひとつの主人公とも言えるかもしれない人間の「遊び」たちは、私たちに人間の本質を思い出させてくれる。

INFORMATION

『メモリーズ・オブ・サマー』

監督・脚本:アダム・グジンスキ
撮影:アダム・シコラ 
原題:Wspomnienie lata / 2016年 / ポーランド / 83分 / カラー / DCP
提供:グランマーブル 配給:マグネタイズ 配給協力:コピアポア・フィルム
YEBISU GARDEN CINEMA、UPLINK吉祥寺にて公開中!ほか全国順次ロードショー

WRITER PROFILE

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ヴィヴィアン佐藤 vivienne sato

美術家、文筆家、非建築家、ドラァグクイーン、プロモーター。ジャンルを横断していき独自の見解でアート、建築、映画、都市を分析。VANTANバンタンデザイン研究所で教鞭をもつ。青森県アートと地域の町興しアドバイザー。尾道観光大使。サンミュージック提携タレント。

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