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SCREENING

ひびきあうせかい RESONANCE
監督・プロデューサー・脚本・編集:田中トシノリ

Written by 松村正人|2020.9.1

 

フォーク歌手高田渡に「系図」なる曲があるのをご存じだろうか。1972年の2枚目のレコードの表題曲にもなったこの曲は三木卓の詩に曲をつけたもので、父母から子へ、子から孫へ、連綿とつづく家族の営みとそこににじむささやかなしあわせをユーモラスに歌った、まことにタカダワタル的な楽曲なのだが、『ひびきあうせかい RESONANCE』の前半、スクリーンが映し出す本作の主人公である青柳拓次の祖父にしてギタリストでもあった祖父の写真や母の語りを経て、ふたりの娘の手を引いて浜におりる彼の背中を目のあたりにした私の頭のなかでは不意に「系図」のメロディが流れ出し映画の世界と響き合ったのだった。

 

 

『スーパーローカルヒーロー』など、広島は尾道から中央の価値観にそまらない作品を世に問う田中トシノリがプロデュースから脚本、撮影、編集、監督をつとめる『ひびきあうせかい RESONANCE』は音楽家青柳拓次の日々の暮らしと活動を追ったドキュメンタリー映画。エンドクレジットによれば、もっとも古い場面は6年ほど前にさかのぼり、撮影場所も、多彩な音楽性で国際的にも評価の高い青柳の活動に沿うように国内各地はもとより、青柳が居をかまえる沖縄やライプツィヒやミュンヘンなど、海外の諸都市にもおよんでいる。私は先に『ひびきあうせかい』はドキュメントだと述べた、その点は誤りではないが、本作は特定の作品やイベントの舞台裏を記録したものでもなんらかの考え方に沿って主張を展開するものでもない。言葉数少なく、慈しむように奏でる青柳拓次の音楽の背後にあって演奏者と聴き手をつなぐものに耳を澄ますといえばいいだろうか。まずはおしつけがましさと無縁のつくりに好感がもてる。とはいえ彼の音楽のなにが私たちを惹きつけるのか、田中トシノリは青柳の系図と生活をたどりながら、その秘密を探ろうとする。

 

 

秘密は縦軸と横軸がおりなしている。

縦軸とは冒頭に述べた青柳拓次の来歴とも系図ともいえるもののこと。大正生まれの青柳の母方の祖父小原安正は本場スペインへの留学経験をもつクラシック・ギタリスト。ギターの演奏と普及につとめた祖父の生涯は娘をして「ギターに賭けた」といわしめるほどギター三昧だったというが、作中でそのように語る娘(青柳の母)聖子も長じてギターの道にすすみ本邦ギター界に多大な貢献をはたしている。したがって青柳拓次は祖父の代からつづくギタリストの家系に生まれたことになるが、おのおのの音楽は表現への向き合い方ひとつとっても大きなちがいがある。たとえば祖父の代では、東洋人である私たちはいかにして西洋音楽を理解するかがみすごせない課題だったが、昭和から平成を経て令和となり21世紀も20年目をむかえたいま、その問題を内面化する日本人はけっして多くはない。むしろ音楽は世界言語として国籍、人種、言語、性別、世代の壁を越える。このことは、テクノロジーの加速度的な進展もあいまって、いよいよ現実のものとなりつつある——。インターネットにより世界は身近になり、移動や物流の技術革新でより狭くなる。このような世界観の変化はまた『ひびきあうせかい』の横軸でもある。むろん田中トシノリも青柳拓次も、闇雲に都市化を礼賛したりはしない。作中での解体された建物、頭上を飛び交う米軍機の騒音の描き方には声高でなくとも芯のとおった批判的なまなざしをそれらの対象に注いでいるのがスクリーンから伝わってくる。その一方で、田中トシノリが手がけたサウンドデザインには、人工のノイズも海鳴りや潮騒、地鳴りなどと音としては等価であるとの視点がうかがえる。あるいは音というものの時間(縦軸)と空間(横軸)、両面にわたる力を確信するとでもいえばいいだろうか。

 

 

本作は東京のビルの屋上に集い輪になったひとたちが思い思いに声をかさねる場面で幕をおろす。青柳拓次がはじめた音楽プロジェクトで本作を制作するきっかけにもなったという「サークルボイス」と名づけたこの試みは縦と横を調和する円形の世界観を浮かび上がらせる。と同時に、すでにこの世を去ったものとやがて生まれ来るものに捧げた『ひびきあうせかい RESONANCE』の始点も終点もない循環する構造をあらわにするのである。

 

INFORMATION

ひびきあうせかい RESONANCE

監督・プロデューサー・脚本・編集:田中トシノリ(『スーパーローカルヒーロー』)
出演:青柳拓次 (LITTLE CREATURES、KAMA AINA)
音楽:青柳拓次 KAMA AINA + Hochzeitskapelle
制作・配給:歌島舎
2019年 | 日本|70分

WRITER PROFILE

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松村正人 Masato Matsumura

1972年奄美生まれ。編集者、批評家。雑誌「Studio Voice」「Tokion」の編集長をつとめ、2009年に独立。著書に『前衛音楽入門』(ele-king Books)。編著に『捧げる 灰野敬二の世界』『山口冨士夫 天国のひまつぶし』、監修書に「ele-king」「別冊ele-king」など多数。ロックバンド湯浅湾のベース奏者として『港』『浮波』『砂潮』『脈』(boid)などに参加。

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